高華吉が発明した“京春巻”
2023年8月31日。
京都ならではの春巻(以下、京春巻)について調べてみると、創始者がいることがわかった。
高華吉(こう・かきち)。
大正時代の半ば、広東地方から日本へ。長崎、神戸を経て、最終的に京都に腰を据えた中国人料理人。【飛雲】【第一楼】そして【鳳舞】という広東料理店をオープンさせた。
【鳳舞】は、ホウマイと読む。1967年オープンした同店は、高華吉亡きあとも、2代目主人が引き継ぎ、営業を継続したが、2009年に閉店。在りし日の店の姿は、くるりのMV「三日月」で見ることができる。くるりがこの曲をリリースしたのは、2009年。MVの内容からも【鳳舞】を記録しようとする意志が感じ取れる。
くるりのふたり、岸田繁と佐藤征史がただ麺をすすり、焼売に箸を伸ばし、「トマト牛肉」(【鳳舞】のオリジナルメニュー)を食べるだけ。ふたりが満腹したあと、カメラは静かに店内を見渡す。
京都を代表するバンドが、京都ならではの中華の名店を記録した。【鳳舞】のロゴが美しい皿の数々も丹念に見つめられており、愛おしさが募る。この店は、本当に京都の人々に愛されてきたのだ。味は映像には映らないが、情や想いは映る。くるりのふたり以外は誰もいない、【鳳舞】の風情に恋をした。
京春巻は、高華吉の発明だ。
中国には「蛋皮春巻(タンピーチェンジュエン)」という料理がある。蛋皮は、小麦粉と卵で作る卵皮のこと。中国では地方によってさまざまな具を用いるが、高華吉は具を主にタケノコに絞り、ぎっしり詰め込んだ。京都人は、タケノコ好き。やがて、看板メニューになった。
高華吉が築いた京中華の名品は、こればかりではない。だが、今回は【鳳舞】と高華吉の味を受け継ぐ店を何軒か廻り、とにかく京春巻を食べ比べることにした。
高華吉の店で修行した弟子たちの店には、たいてい「鳳」の文字がつく。今回は、「鳳」がつく4店をセレクト。そこに「鳳」のつかない1店を加えた。全員、高華吉に学んだ料理人である。いわば「鳳舞系」。
テクスチャを味わう至福に満ちた「鳳飛」の春巻
1軒目は、【鳳飛】。やはり、この店に再会することから始めたかった。週のうち3日か4日は定休日という難易度の高さ。しかも、昼も夜も予約はできない。正午オープンだが、午前11時から並んだ。さすがに、一番乗り。だが、開店40分くらい前から続々並び始め、気がつけば10人近くの行列。平日の昼。恐るべし。これが「鳳舞系」を代表する名店の人気。
前回は端っこだったが、カウンターのど真ん中、特等席に案内される。店名入りの箸袋の箸。そして湯呑みに入った温かいお茶が供される。この店のアルコールは2種のみ。ビールと日本酒。3月同様、ビール。キリンラガー一択。
メニューは事前に決めていた。店頭には「御献立表」が貼られている。春巻(中国語表記は、焼蝦巻)、そして前回は売り切れで涙を呑んだシューマイ(焼売)。
10分後、春巻が登場。カウンターの上部に鎮座すると、美しさが際立つ。真横から眺めると、ルックスはまるでバゲット。京都はよくパリにたとえられるが、気分はすっかりパリジャン。それにしても相変わらず、カッティングが見事。1本の長い春巻をまず半分に。それぞれを4等分している。
断面を見つめる。ぎっしりのタケノコの狭間から、それよりは大きめのシイタケが顔をのぞかせる。青ニラが控えめに点在。
何もつけずに噛み締める。卵皮が前回よりもカラッとしている。口開けならではの新鮮さ。皮の先には、棒状のタケノコの集積が待ち受ける。心地よい歯応え。しっかりたっぷりのタケノコと、やわらかプリプリのシイタケのランデヴー。テクスチャを味わう至福。
しみじみうまい。素材と料理の技だけで成立している。味つけは彼方にある。本来の下味に留まっている粋。思わず、ほころぶ。頬のほころびが、顔全体に伝染する。ビールをひと口。口内がリセットされ、また新たな気持ちで次の一片に臨む。油っこさは皆無だが、日本ビールの苦みが京春巻の密やかな華を引き立てる。大人の余裕を感じさせる料理。
旨味の一翼を担っているのは小エビたち。断面からは見えなかったが、実はかなり入っており、エビの分量が具のハーモニーを決めている。まるでフィクサーだ。エビ好きとしてはニマニマしてしまう。中華料理はもちろん、たいていの料理でエビは前面に出るものだが、ここではかくれんぼを楽しんでいる。箸で捕まえると、よく見つけたな、というような顔でこっちを見ていた。
味わい深い京春巻に薬味は不要。と思ったが、少し味変も試してみた。ここのからしは酸味があり、卵皮にフィットする。春巻の端っこ、つまり皮に覆われている部分には、辣油がよく合う。薬味を用いると、クリスピー感覚が際立つ。カジュアルになる。
だが、最後の1片は何もつけずに。これは天ぷらに近いフライだなと感じ入る。健やか。で、風通しがいい。これぞ春巻京。
シューマイは5個。大ぶり。横から見ると鼓のよう。具がはみ出ていたりで、かなりワイルドなビジュアル。迫力がある。頬張ると、クワイのシャキシャキ感が、ジューシィぎっしりな豚肉の旨味を下支えしている。やめられない、とまらない。ずっしりでシャキシャキ。コーディネートの妙。何もつけずにスイスイいく。
完食すると、どちらの皿にも鳳凰が飛んでいた。まさに、鳳飛。
観光客は見当たらず、地元が支えている客層。特に妙齢の女性たちがうれしそうに舌鼓を打っていた。テイクアウト客もひっきりなし。土地にしっかり足がついている。カウンターの背後の棚に、招き猫が41匹。見送られながら【鳳飛】を出る。外は灼熱。が、気分がすこぶるよい。
“170円の奇蹟”も見逃せない「鳳泉」
ホテルにチェックイン。まだまだ夏な陽射しに焼かれた身体を大浴場で洗い流し、京春巻のように横長な湯船で束の間、癒やす。ウェルカムドリンクに柚サワーを選び、ダイニングでぼんやり過ごす。
次の店は予約済み。電話で、この時間しか空いてないよ、と言われた。
「京都市役所前」駅の【広東料理 鳳泉(ホウセン)】。午後5時の予約。またしても口開け。口開けの客になるのが好きだ。店が活気づいていく様を、身体ひとつで感じることができるから。開店前から人が並んでいる。どの顔も常連。雰囲気でわかる。つまり、地元客。日本一の観光都市。しかし、人気の京中華は、京都人が支えている。
入店。奥のテーブルに案内される。「予約席」と書かれた札。4人がけのテーブルを、ひとり客に与える店の余裕。時間制限はなし。急かされることなどまったくなかったし、終始ゆっくり過ごすことができた。
やおら、品のいい老紳士が近づいて、シュウマイありますよ、と声をかける。サービスの達人。【鳳泉】でも焼売は人気メニュー。なくなる前にどうぞ、ということ。一見客を案ずるその声がけに感謝しつつも、さすがに見送る。電話予約の際はやや素っ気ない対応にも思えたが、京都はやっぱりツンデレだ。
紹興酒ロック、ハルマキ(韮黄春巻)、そして60円という信じられない価格に惹かれ、ザーサイも。
ここの卓上メニューは「御献立」と表されており、表裏仕様。全31品。やはり上下2段。大きく漢字、小さくカタカナ。【広東料理】と店名に謳う、その誇りが滲んでいる。
今年、ある本のために東京の町中華25軒を食べ歩いた。【鳳飛】も【鳳泉】も、町中華という呼称は似合わない。価格がやや高めということもあるが、店の佇まいに風格がある。
ウチはウチ。そんな気概は、東京の町中華にもあるが、もっと町との親和性が高い。町があって店がある。そんな感覚が東京の町中華からは感じられる。京中華は、店があって町がある。そんな感じだ。地元客に愛されながらも、どこか超然としている。「鳳舞系」だからではない。京都の飲食店にはいい意味で、町におもねるところがない。これが独特の風情になっている。
テーブル席だけの【鳳泉】は、凸凹がなくフラットで、碁盤の目を思わせる京都の地図を想起させる。その平面性が、店の広さにつながっている。フランス料理店でいうところのメーテルドール(給仕長)が全体を見渡し、目を光らせている。先ほどの紳士がそうだ。優雅な緊張感が、肌に心地よい。
紹興酒ロックはなんと大ジョッキで供される。もはや見た目はウーロンハイだ。気取りはないが、紹興酒の質は高い。
ザーサイは、秀逸。適度に刻まれたものが、小皿の上にある。刻むことで食材の印象は変幻。シックなザーサイとなった。なんなら、お茶漬けに乗っけたくなるような。紹興酒ロックとの相性も抜群。
やがて到着したハルマキに、さらに感動させられる。まず、ルックスが華奢。シュッとしている。ホワイトアスパラか、ショートパスタのトロフィエのような形状。先端のとんがりに、孤高がある。
断面を眺めると、タケノコの刻みが細やかで、エビを中心に、渦巻いている。噛み締めると、繊細。細身であることが、よりいっそうそう感じさせる。手の込んだサラダを、おしとやかな皮でラッピング。
だが、味わいは紹興酒に負けていない。しぶとい旨味。傑作だ。
もう1品どうしようかと「御献立」とにらめっこしていると、「時菜湯(スープ)」の文字。なんと170円。思わずオーダー。そしてさんざん悩んで、名物、エビカシワソバ。またの名を、通称カラシソバ。これは「鳳舞系」の料理で、近年、京都のソウルフードとして注目を集めている。店によって名前も違えば、辛さの質も異なる。カラシソバは、明日行く店で頼むつもりだったが、ザーサイとハルマキに魅入られ、勢いでここで。
感動が際限なく続く。スープ、超絶うまい。丹念に抽出された鶏スープが、星雲のように広がる卵を、表面に満天の星々のごとく散らばるネギを、包み込む。170円の奇蹟。170円の宇宙。焼肉屋では必ず卵スープを頼んで生きてきたが、ひょっとするとこれが日本一の卵スープかもしれない。
エビカシワソバは、その名のとおり、エビとカシワ=鶏肉が主役。洋がらしを絡めた中華麺の上に、餡をかけたものがカラシソバと呼ばれる。ここの皿は、餡の海の上にたくさんのレタスが浮いている。箸で麺をつかむと、しっとりとした重さ。しかし口内に拡がるのは、こざっぱりとした辛さ。麺はしっかり力強いが、まろやかなカシワ、チャーミングなエビ、守護神を思わせるレタスの三位一体が織りなすハーモニーはどこまでも優しい。
メインでもあり、〆でもあり。
隙なく、豊かさだけで紡がれた全4品に心底満たされた。明日のことも考えることなく、眠りにつく。
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