「吹奏楽の漫画ばかりを描いてきた」作者が感じた可能性とは?青春の哀愁とハーモニーの快楽『宇宙の音楽』

2023.6.11
忙しい青春に流るる、ハーモニーの快楽『宇宙の音楽』

文=足立守正


2022年11月から『月刊少年マガジン』(講談社)にて連載を開始し、3月16日に第1巻が発売となった『宇宙の音楽』。本作で連載デビューをしたマンガ家・山本誠志は「吹奏楽の漫画を描いて生きたい。」という。彼にとって“吹奏楽”はどんな存在なのか──。

今回は、吹奏楽と呼吸の関係をテーマにした作品をレビューする。

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.166掲載のコラムを再編成し、転載したものです。


音楽を吸う

そういえば、「吹」という字を「すい」と読むのは、吹奏楽以外に聞かないな。本来「すい」の響きから連想するのは「吹」の真逆の「吸」の文字だ。ここにはなにか深淵な意味がある気がする。ない気もする。などと、どうでもいいことを『宇宙の音楽』(1)を読みながら思った。吹奏楽と呼吸の関係を、さまざまな言葉を駆使して綴っていたからだ。

新鋭の山本誠志の初連載マンガのはじまりは春。主人公・宇宙(たかおき)零は、髪を金色に染めてハスに構えている。愛する吹奏楽の道を諦めた、苦い中学生時代を捨て去り、捨て鉢に新章をはじめるためのポーズだ。零の挫折の原因は喘息の発作で、それ以降、人知れず孤独に「音楽を吸って」生きてきた。しかし、高校入学するなり、ここにはないと聞いていた吹奏楽部の勧誘に遭遇。無自覚なセクシーを湛え春の妖精のように振舞う、部長の星野水音の策で、再びコミュニケーションのある世界に誘い出され、思いもよらぬ、しかし理想の新章を開かされてしまう零。その過程が、気恥ずかしく、心地いい。タイトルは、フィリップ・スパークの楽曲から。この機会に知り、聴いて痺れた。聴いといたほうがいい。なにしろ、名前に閃光が走ってるんだぜ。

ところで、単行本の後書きに、「漫画家を目指し始めた頃から、吹奏楽漫画ばかりを描いてきましたが」とあるのが、気になった。水島新司にとっての野球マンガのようなものか。過去作を追うと、本当だった。『先輩とクラリネット』(2019年)は、場違いな吹奏楽部員の淡い恋愛譚。また、2017年の暮れに『月刊少年マガジン』掲載の『宇宙の音楽』(連載作と同タイトル!)は、エキセントリックな指揮者と彼を信望するホルン奏者の激突を描いている。ちなみにこの作品は、ちばてつや賞ヤング部門の受賞作。ちばてつやの選評には、「激しすぎる表現だけでなく、もっとゆっくり、静かな演出も心掛けると更に心地よいハーモニーが生まれたかもしれないね」とあったが、まさに今、ゆっくりした連載のテンポで、ハーモニーの快楽が主人公を前進させる話が創られている最中、ということ。

日本特有なものか、吹奏楽にはどこか哀愁がある。別れの場を彩り、短い学生生活ですれ違う。その反面、力強い生命力のイメージもある。作者が吹奏楽にマンガの可能性を感じているのも、呼吸を重ねるのも、そうしたことに起因するのか、と思った。とにかく、吹いたり吸ったり、忙しい青春に、絶えず空気が循環している。そんなマンガ。

『宇宙の音楽』

忙しい青春に流るる、ハーモニーの快楽『宇宙の音楽』
『宇宙の音楽』(1)

定価:726円(税込)


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