性的少数者は「見るのも嫌」発言への怒りと、リナ・サワヤマが築いてくれた“安全な場所”

2023.2.27

TOP画像=Rina Sawayama『ホールド・ザ・ガール』

文=TAN 編集=菅原史稀


2月、同性婚の法制化をめぐって岸田文雄首相が「(同性婚を認めると)社会が変わってしまう」、そして荒井勝喜元首相秘書官が「(同性カップルが)隣に住んでいると思っても嫌だ。見るのも嫌だ」と発言しました。ゲイである僕はこの出来事に対し、当事者として心を痛めています。

変わらない社会に抱く不安と怒り、そして諦め

SNSを開いてみると、まわりのクィアの友達も怒ったり、傷ついたりしていて、ある人は「この手の発言はもう何度目かもわからないし怒る気力もなくなってきた」と途方に暮れていました。確かに、政治家による同性愛者に対する差別的な発言はこれまでにも何度もあって、そのたびに批判の声があるものの、同じことが繰り返されています。

スマホを操作する人2

自分の国の政治に関わる人たちが、自分たちを大切にしてくれない。そんな国に生きていると「自分のセクシュアリティに不安を持たずに暮らす」ということを想像するのは難しく、今の現状を受け入れるしかないように感じてしまう。僕もこの現状に慣れと諦めを感じていたひとりなのですが、先日リナ・サワヤマというアーティストが東京で開催したコンサートに行き「やっぱりこんなのはおかしい」と思い直しました。

リナ・サワヤマが作り出す“セーフプレイス”

リナ・サワヤマはロンドンを拠点に活動する、日本生まれのシンガー・ソングライター。パンセクシュアル(全性愛、すべての性のあり方の人を愛するセクシュアリティ)であることを公表していて、クィアであること、移民であることなど、彼女自身の経験が反映された楽曲が魅力のひとつです。そんなリナ・サワヤマのコンサートには彼女の音楽に呼応するように、さまざまな肌の色の人が、思い思いの格好で集まっていました。

コンサートが始まると、すぐにリナが「近くの席の人に挨拶をしてね! ここはみんなが自分らしくいられるセーフプレイス(安全な場所)だから」と観客に呼びかけてくれたので、僕も隣の席の人にアイコンタクトをすると「今日は楽しみましょう~!」と向こうも声をかけてくれました。たったそれだけのやりとりだったのですが、「この人なら僕が夢中になって恥ずかしい踊りをしても変に思わないだろう」と安心できました。

その後も心に残るシーンは多かったのですが、個人的なハイライトとなったのは、リナが「世の中には私たちのことをバカにしたり悲しませるようなことを言う人もいる。時にはそういう人たちが私たちの家族だったり政府や社会だったりもする。でもこの世界にはそのままのあなたを愛して受け入れてくれる人もいます。だから諦めずに自分を貫いて生きていきましょう」というメッセージのあとに「Send My Love To John」を披露したことでした。

Rina Sawayama - Send My Love To John

「Send My Love To John」は、宗教的な理由により息子を愛せなかった母親の思いを綴った曲で、リナの友人の実話に基づいて作られました。以前インタビューで、彼女がこの曲を「最愛の家族から、本当に必要としている言葉をもらえずにいる人に向けて作りました」と話していたのを思い出して、まさに今ここにいるクィアの人たちに必要な曲だ、と胸が熱くなりました。

S君について

コンサートには高校の同級生のS君と参加しました。彼とは趣味が合い仲よくなり、19歳のときに僕が彼にゲイであることをカミングアウトすると、(偶然にも)彼も「自分もそうなんだ」と教えてくれた。当時の僕は、自分のセクシュアリティをわりと楽観的に認識していたのですが、そんな僕とは違いS君は「今は人生がハードモードだとしか思えない」と悩んでいました。このスタンスは大人になってからもつづき、カミングアウトを積極的にする自分とは対照的に、S君は自分のことを伝える人を慎重に選び、必要のあるときにだけ自己開示をしてきました。

そんなS君だけど、この日はいつもの慎重さを捨てて、ほかの人の目を気にせず思いっきり楽しんでいた。終わったあと、同じくライブに参加していた僕の友達とS君を交えて感想を言いながらご飯を一緒に食べたのですが、普段は人見知りで、コミュニティの違う人と交流することは得意ではない彼だけど「リナが好きな人ならだいたい友達だから大丈夫」と、前のめりに参加をしてくれたのがうれしかったです。

社会は“セーフプレイス”に変化できるか

話は、冒頭の岸田首相・荒井元首相秘書官の発言に戻ります。彼らの言葉に、なぜ僕たち当事者が心を痛めているのか。それは自分たちが「社会に認められない存在であること」を突きつけられるからです。自分が認められない存在であると認識することは、必然的に自分を隠して生きていくことに繋がります。

しかし、S君も僕も、あのコンサート会場では「隣にいる人が自分のことをどう思うか」「気持ち悪いと思われないか」、そんなことを考えずにいられたんじゃないだろうか。誰もが自分らしく生きていたいと願っているけれど、それをよしとしてくれる環境がなければ、自分らしくはいられない。だから、リナ・サワヤマが作ってくれた「安心で安全な空間」は僕たちにとって必要なものでした。

Rina Sawayama, Elton John - Chosen Family

コンサートが終わった今。そんな場所を、本当は政治家が率先して作ってほしいという気持ちが強くなっています。僕たち同性愛者はこの国にずっと存在していて、社会の一員として暮らしています。それにもかかわらず「同性愛者を許す、許さない」「気持ち悪いと思う、思わない」そんなことばかりが議論されるたびに、本当に議論すべきは「すでに存在している同性愛者の人たちの暮らしをどうしたら守れるか」なのではないかと悲しい気持ちになります。

この記事を書いている現在、岸田首相が今回の騒動を受けてLGBTなど性的少数者への理解増進法案をめぐり、国会提出へ向けた準備を進めていることが報道されました。この「理解増進法案」が政治的なパフォーマンスでなく、僕たちの暮らしを守り、よくするものになることを願います。

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TAN

(たん)1991年生まれの会社員。セクシュアリティはゲイ、LGBTQ+に関するコンテンツを作るチーム「やる気あり美」の一員。キンパが好き。

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