驚きのタイ「ボーイズラブ」事情。『The Shipper』が描いた内省「他人には予期できない決断がある」

2022.12.23

TOP画像=『The Shipper』Prime Videoより
文=TAN 編集=菅原史稀


BL(ボーイズラブ)ファンとゲイの関係は不思議だと思います。BLファンとゲイは「男同士の恋愛」という同じキーワードを共有しているのに、互いが交わることは少ないように感じるのです。

ファンタジーとしての男性の恋愛に惹かれるBLファンと、実際に男性同士で恋愛をするゲイは別物だといえるけれど、最近はBLドラマに出演する俳優が同性婚にエールを送ったり、BLファンの中で「腐女子」という言葉の是非についての議論がされたりと、「ファンタジーとしてのBL」と「現実の男性同士の恋愛」の距離は近づいているようも思います。

そんな状況を目にして、ゲイである僕自身もBLのことをもっと知りたいと思っていたタイミングで、BL好きの友人が『The Shipper』というタイドラマを教えてくれました。この作品で描かれるBL文化に驚きがたくさんあったので、ここで紹介したいと思います。

主人公は“BL好きの女の子”!一風変わったドラマ『The Shipper』

『The Shipper』は、世界中でタイBLブームを巻き起こした『2gether』など大ヒットBL作品を手がけるテレビ番組プロダクションGMMTVが制作したテレビドラマで、同プロダクションの他作品と同じようにBL要素が強いけれど、主人公が“BL好きの女の子”という点がユニークな一作です。

以下のあらすじからわかるように、学園モノとSF、ラブコメが混じり合うコミカルな作風で、タイドラマを観るのが初めての僕でも難なく観進めることができました。

女子高生のパンと親友ソーダは、キムとウェイというふたりのイケメンたちをカップリングさせる“BL小説”を書いている。ところが、ひょんなことからパンとキムはそれぞれの体が入れ替わってしまい……。

『The Shipper』あらすじ
作中、バイクで二人乗りする主人公・パンとキム

ドラマはタイトルのとおり、主人公のパンが「Shipper」だということが大事な設定なのですが、この単語を初めて聞く人も多いのではないでしょうか。調べてみると「Ship」とは“人または架空の人物を親密に、ロマンチックに、または性的にペアリングすること”を意味していて、そのペアリングを楽しむ人たちを「Shipper」と呼ぶとのこと。

この言葉は、一説によるとアメリカのSFドラマ『X-ファイル』の主役・モルダーとスカリーが恋愛関係になることを願っていたファンが「Relationshippers」と呼ばれていたことに由来していて、それがだんだんと短くなって今の呼び方に落ち着いたとも言われているそうです。

ファンが自らへ問うべき「自分と他者の境界線」

ドラマでは、主人公のパンがShipの対象であるキムの身体の中に入ることになり、「観察者」から「当事者」へと視点が変わっていく様子が描かれています。

パンは自分が妄想をふくらませて創作の対象にしていた相手になることで「生身の人間をShipする」ことが生む影響を身をもって経験します。キムの身体で過ごすうちに「自分が他人のことを決めてよいのか」という問題に直面し、だんだんと自分と他者の境界線を問うようになります。

『The Shipper』監督のAticha Muilanieインタビュー

『The Shipper』監督のAticha Muilanieは、インタビューの中で、人を盲目的に応援するトキシック(「有害な」「人に害を及ぼす」)な面についてこう語りました。「どんな人にも他人には予期できない自分なりの決断や行動があります。だからこそ何が幸せなのか、自分に問わなければいけません」

僕はこの言葉から、先日議論を呼んだイギリスの大人気ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』を取り巻く騒動を思い出しました。

“好奇心”が“毒”へと変わる危うさも

左側がキット・コナー演じるニック

同作で、主人公の男性・チャーリーとロマンティックな関係になっていくニック役を務めたキット・コナーが、現実のセクシュアリティを一部のファンから執拗に探索された結果、望まないカミングアウトをさせられたという出来事がありました。

僕もドラマをきっかけに彼に夢中になり、いろいろな面を知りたくてSNSをフォローしたひとりなので「人となりについてもっと知りたい」という強い気持ちが湧くのはよくわかります。けどそんな熱心な好奇心も一線を越えると毒になることを自覚していないと、人を傷つけることになる──『HEARTSTOPPER ハートストッパー』を取り巻くこの一件により、その危険性について改めて認識させられました。

BLブームの火つけ役が、BL文化を内省することの重要性

『The Shipper』には、主人公・パンの視点を通じ、推しのふたりを眺めるだけではなく、自分の推しに対するまなざしや、おざなりにしていた自分の幸せにまで想いを馳せるようなメッセージが散りばめられています。

冒頭にも触れたとおり、この『The Shipper』を制作したGMMTVは、タイBLブームの火つけ役とも呼ばれている存在です。僕は、世界中から支持されているBL作品のプロダクションが、こんなにも自分たちの文化を内省するドラマを作っていることに驚いてしまいました。そしてきっと、自分たちの文化を見直していく姿勢が、冒頭にも書いたBLやその周辺にまつわる新しいアクションにつながっているのではないか、とも思いました。

今回は『The Shipper』のマジメな部分ばかりをピックアップしてしまったのですが、本編ではShipカルチャーでつながる友情や、BLファンへのエールなど、ほかにも観どころがたくさんあります。出演俳優も全員が愛くるしくて魅力があふれているので、気になった方はぜひ観てみてください。

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