『M-1グランプリ』はなぜ人々を魅了するのか?2022年の優勝予想と“漫才の定義”を変えた歴史

文=ラリー遠田 編集=高橋千里 撮影=長野竜成


本日12月18日(日)午後6時34分から『M-1グランプリ2022』決勝戦がABCテレビ・テレビ朝日で生放送される。今年一年、この大会を待ちわびていたお笑いファンも多いだろう。

本大会が毎年ここまで注目される理由とは? お笑い評論家・ラリー遠田が、その魅力と今年の決勝戦の見どころを紹介する。


『M-1』は「漫才の破壊と再生」の実験場

単なる漫才の大会であるはずの『M-1グランプリ』(以下『M-1』)がこれほどまでに人々を魅了する理由はなんなのか。いくつかの理由が考えられるが、そのうちのひとつは、この大会がただの漫才コンテストではなく「漫才の破壊と再生の現場」であるからだ。

『M-1グランプリ2022』×ウルフルズ「暴れだす V」

「結成15年以内」という出場資格が定められている『M-1』は、よくできた完成品の漫才を並べる品評会ではなく、漫才の定義を更新しつづける実験場である。毎年毎年、気鋭の漫才師たちによって新しいかたちの漫才が披露され、判定を下され、そこで漫才の歴史が作られていく。

漫才というものにはっきりした定義はない。にもかかわらず、一般人が「これは漫才ではない」と断言したり、プロの審査員が「これを漫才といえるのか」などと悩んだりする。

漫才の定義は時代によって変わる。でも、誰も何もしていないのに勝手に変わっていくわけではない。どうやって変わるのかというと、「漫才」によって変わる。

新しい漫才が作られ、それが世間で認められることで、漫才の定義が塗り替えられていく。ダウンタウンの松本人志はかつて「漫才に定義はない。あえて定義を設けて、定義を裏切ることが漫才」という言葉を残した。

そもそもダウンタウン自体が、従来の漫才の定義を塗り替えた伝説の漫才師である。ダウンタウン以前には、1980年に漫才ブームが起こり、当時の若手漫才師たちが古臭い漫才のイメージを一新して、若者たちを熱狂させた過去がある。

漫才とは、漫才によって塗り潰され、打ち倒され、再構築される。その繰り返しが漫才の歴史だ。

今年の『M-1』のポスターに書かれたキャッチコピーは「漫才を塗り替えろ。」である。『M-1』は、漫才の定義そのものをめぐって争われる“漫才の実験場”なのだ。だからこそ刺激的でおもしろいし、人々の興味を引くのである。

2001年から振り返る『M-1』の歴史

2001年から2010年に行われていた第1期の『M-1』でそれを象徴する芸人といえば、2002年大会で初めて決勝に進んだ笑い飯である。彼らの「Wボケ」と呼ばれる漫才は人々に衝撃を与えた。

また、2010年大会で決勝に進んだスリムクラブも大反響を巻き起こした。『M-1』出場者の漫才がどんどん高速化する時代に、あえて逆を行く異様なスローテンポで、間合いをたっぷり取って鋭いひと言を放った。

一方、2015年以降の第2期『M-1』では、「正統派漫才」への揺り戻しの動きが強まったあと、再び新しい漫才のかたちを求めるモードに入っている。「正統派漫才」にも明確な定義はないが、ここでは漠然と「多くの人がオーソドックスな漫才だと思うもの」としておこう。

正統派の勢いがピークに達したのは、2016年と2017年である。2016年には銀シャリ、和牛、スーパーマラドーナという関西の正統派漫才師が上位3組に食い込んだ。2017年も大阪で活動していたとろサーモン、和牛、ミキが3トップだった。

さらに、興味深いことに、2017年には変則的な漫才を演じるマヂカルラブリーが初めて決勝に進み、最下位に終わっている。彼らは審査員の上沼恵美子にも酷評され、絶望の淵に沈んだ。

その後、2020年大会で再び決勝の舞台に返り咲いたマヂカルラブリーは、今度は爆笑をさらい、見事に優勝を果たした。しかし、視聴者の一部からは「あれは漫才ではない」という不満の声が上がり、「漫才論争」が起こった。

このような論争が起こること自体、『M-1』が世間から注目されている証であると同時に、『M-1』が人々の価値観を揺さぶり、漫才の定義をアップデートしている証である。

『M-1グランプリ』-2022.12.18 sun-

審査員も頭を抱えた、型破りな漫才師たち

2021年大会では「マヂラブショック」の余韻を引きずり、型破りな芸風の漫才師が続々と決勝になだれ込んできた。

設定も展開もはちゃめちゃな漫才をハイテンションでやり切るランジャタイ。漫才でも平場でもマイペースでボケつづける真空ジェシカ。優勝したら再び漫才論争が起こりそうな問題児ばかりがファイナリストになっていた。

実際、ランジャタイのネタが終わったあと、審査員席の全員が頭を抱えていた。ランジャタイの漫才に点数をつけなければいけないというのは、なかなかの無理難題である。

この年を最後にオール巨人と上沼恵美子が審査員を降板することを発表したのは、「ランジャタイショック」が直接の原因ではなさそうだが、多少は影響があるかもしれない。

この年の審査員の中で最年長だったふたりは、ランジャタイや真空ジェシカのネタを観て、自分たちが最先端の漫才についていけなくなるかもしれないと感じて、時代遅れだと言われる前に潔く身を引くことにしたのではないか。

正統派か、変則的漫才か。今年の『M-1』結果予想

今年、準決勝を勝ち抜いて決勝に駒を進めたのは、ウエストランド、カベポスター、キュウ、さや香、真空ジェシカ、ダイヤモンド、男性ブランコ、ヨネダ2000、ロングコートダディの9組。

このファイナリストの顔ぶれを見ると、マヂラブ、ランジャタイが作った流れが引き継がれている感じがする。正統派漫才師が少なく、変則的な漫才を演じる人が多い。

『M-1グランプリ2022』ファイナリスト

毎年、有名な芸人が予選で落ちるたびに「なぜあの芸人が残っていないのか」などと不満を言う人がいるのだが、今年はそれがいつになく多かった。

ただ、予選の経過を実際に観ていれば、彼らが落ちたこと自体は別に不思議でもなんでもない。全体のレベルがどんどん上がっているのに準決勝や決勝の椅子の数は増えないため、飽和状態になっているだけだ。

「有名な芸人だから、今年のネタは今ひとつだったけどとりあえず勝ち上がらせておこう」などという悠長なことをやっている余裕は、今の『M-1』にはない。人気も知名度も関係なく、落ちるときは容赦なく落ちる。『M-1』はそういう大会になった。

そんな状況を踏まえて、今年の決勝はどういう結果になるのか。予想は難しいが、大きく分けてふたつの可能性が考えられる。

変則的なネタがつづいて、今ひとつ盛り上がり切らないなかで、数少ない正統派がウケまくって、やっぱり正統派がいいよね、となるか。あるいは、変則的な芸風の漫才師の中から大爆笑を取る者が現れて、その人たちの空気に染まるのか。

前者だとしたら予想は簡単だ。言葉に勢いがあって正統派のように見えるコンビは、さや香、ウエストランドの2組しかいない。

さや香(左:新山、右:石井)
さや香(左:新山、右:石井)
ウエストランド(左:井口浩之、右:河本太)
ウエストランド(左:井口浩之、右:河本太)

しかし、ウエストランドは井口浩之が一方的にまくし立てるワンマン芸が売りである。ふたりのかけ合いの妙という点では、ほぼさや香の一強状態である。ここが順当に勝つのか。もしくは、敗者復活枠か。

敗者復活戦で誰が勝つのかは、比較的予想がしやすい。視聴者の投票によって決まるので、人気投票の側面が強く、一般的な知名度がある芸人が圧倒的に有利だからだ。

そう考えるとオズワルドとミキが有力候補である。オズワルドは昨年まで3年連続決勝進出の実績があり、『M-1』の戦い方を知っている。ミキは兄弟ならではの息の合ったかけ合いを見せられる。彼らも優勝候補の一角と考えていい。

オズワルド(左:畠中悠、右:伊藤俊介)
オズワルド(左:畠中悠、右:伊藤俊介)
ミキ(左:亜生、右:昴生)
ミキ(左:亜生、右:昴生)

一方、決勝の会場が新しい漫才を高く評価する空気になった場合、優勝のチャンスは全員にある。そういう空気になる可能性も高い。なぜなら、巨人と上沼が身を引いたことで、「正統派」寄りの審査員がふたりもいなくなっているからだ。

新しく加わったふたりのうち、博多大吉は過去に審査員の経験もあり、バランスの取れた審査をするだろう。

山田邦子は、自身のYouTube動画で「真空ジェシカ、好きなんだよね」と公言していることからもわかるとおり、あの手の芸風を苦手としないタイプの人間である。ファイナリスト全員にチャンスはあると考えられる。

真空ジェシカ(左:ガク、右:川北茂澄)
真空ジェシカ(左:ガク、右:川北茂澄)

『M-1』は漫才の実験場である。結果はフタを開けるまでわからないが、フタさえ開ければ確実に結果が出る。私たちはただ、テレビの前で腹を抱えて笑っているだけで、歴史が作られる瞬間を目の当たりにできるのだ。


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ラリー遠田

(らりー・とおだ)1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わ..

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