最新のニュースから現代のアイドル事情を紐解く。振付師・竹中夏海氏がアイドル時事を分析する本連載。
今回はコロナ禍のライブ変遷から、先月Perfumeが宮城県で開催した「声出し可能ライブ」について考える。
私が忘れられない“とあるアイドルライブ”
振付師を志し始めたとき、「アイドルのダンスを作ってみたい」と思ったきっかけは客席だった。ステージ上で完結せず、客席の歓声があってこそ生きてくる演者のパフォーマンスを一緒に作りたいと思った。
人生の中で印象的なライブは何かと聞かれたら、10年以上前に渋谷公会堂で観たハロー!プロジェクトのとあるグループの単独コンサートと答えると思う。メンバーのひとりが本編終盤で声が枯れてしまい、ほとんど出なくなってしまうというアクシデントがあったのだ。
「アンコール、どうするんだろう……?」という思いがそこにいる全員の頭をかすめたと思うが、メンバーが再びステージに戻ってきた瞬間にそれは解決した。もう声がまったく出ない彼女のパート「だけ」を、観客全員で合唱したのだ。
けっしてそのほかのメンバーの部分に歌声を被せることはしない。つまり当然のように、オーディエンスのみんなが歌割を完璧に把握している。
もちろんファン同士が事前に打ち合わせをする暇などないので、全員が臨機応変に、それがベストだと思い行動したのだろう。それ以来、私はハロヲタ(ハロー!プロジェクトファンの呼称)を密かに尊敬している。
アイドルライブならではの「観客以上、演者未満」の歓声
アイドルの現場が好きだった。そこには、いつも会場にいる全員で作り上げるための「観客以上、演者未満」の歓声があった。コロナの波が押し寄せる2年半前までは。
もちろん、アイドルライブにおける客席の声出しは以前から賛否ある。メンバーの歌声が聞こえなくなるほど被せたり、ステージも見ずに明らかに自分が大声を出したいだけと思われるコールや“MIX”は、時に演者のモチベーションを削ぐこともある。
ただ、私の肌感覚では、歓声に助けられているというアイドルはとても多い。武道館で2DAYSコンサートを開催するような規模のアーティストのスタッフから「どうしたらアイドルのような参加型のノリを取り入れられるだろうか」と相談を受けたこともある。
コロナ禍でも、声出し可能ライブについてのガイドラインは、これまで何度も改定されてきた。この2年半の間にデビューや新加入したアイドルも多いので、今年になって初めて歓声ありのライブを経験し、いたく感動していた教え子もたくさんいる。
「収容率32%」Perfumeファンがざわついた数字
そんななか、今年の10月に宮城県が発表した「イベント開催等における『感染防止安全計画』等について」というガイドラインを受けて、久しぶりに声出し可能ライブを決めたグループがいた。
今年で結成から22周年を迎えた3人組テクノポップユニット・Perfumeである。
「アイドル現代学」という名の連載において2022年にPerfumeを扱うことが適切なのかはわからない。ただ、私はPerfumeが好きだ。ファンと名乗るには憚(はばか)られるくらい活動を細やかには追えていないが、ものすごく信頼している。
それはもちろんMIKIKO先生の振り付けや演出が素晴らしいところや、演出のテクニカルサポートを行うRhizomatiksの技術が世界に誇れるレベルということもある。ただそれ以前に、メンバーの「人を惹きつける力」が凄まじく高いと思う。
Perfumeは長い下積み時代、確かにアイドルグループとしてデビューした。その名残は「かしゆかです、あ〜ちゃんです、のっちです。3人合わせて……Perfumeです!」という一見今の彼女たちのパフォーマンスからは想像もつかない自己紹介や、ライブ中の「P.T.A.のコーナー」という独特のコールアンドレスポンスからも感じることができる。
ブレイクしたといわれている2006〜2007年ごろから「Perfumeは(ジャンルとして)アイドルか否か」という議論が幾度となく交わされてきた。しかし、ひとたびライブ会場に足を踏み入れてしまえば、そんなことは正直どっちでもよくなるくらい3人のアイドル性の高さに驚かされる。
そんな一面をより強く感じられたのが、先月10月7日の『PLASMA』宮城公演だったと思う。
10月の頭時点で宮城県が定めたガイドラインでは、「収容定員50%以下のイベントであれば、マスク着用での大声ありの公演が実施可能」ということだった。
そこでPerfumeのメンバー・チーム一同の意志を踏まえて、宮城県および会場と協議し、2日前の10月5日に「声出し可能公演」に急きょ変更した旨が公式サイトで発表された。
しかし、そこでファンおよびネットがざわついたのは、変更部分よりも「当日までに想定される収容率(32%)に鑑み」の一文だった。
もちろんこの数字を公表すればある程度ネガティブな反応が返ってくること、さらにはもしかすれば「グループ全体の集客力が落ちているのでは」という印象が残ってしまうことはメンバーもチームも重々承知の上だったろう。
ところが、である。当日蓋を開けてみれば、出向いた観客たちからの「忘れられない公演になった……」「最高です、こんなに泣くと思わなかった」という感想でネットはあふれ返ることになる。
幕が開けたとたん、号泣……。伝説のライブ公演
実際に私がこのライブに参戦できたわけではないので、ここからはPerfumeファンの方々のライブレポを参考にさせていただく。
そもそもこの宮城公演1日目は、平日(翌日土曜日の公演は完売)・アクセスしづらい立地(仙台駅より車で40分)という、なかなかハードルの高い条件がそろっていた。おまけに当日は雨。
どんなアーティストだってこれを埋めるのは至難の業なので、そんなに落ち込むほどのことでもないのでは……とも思うが、いざ幕が開けると、最初から号泣しているメンバーもいたという。そしてこれこそ、Perfumeの本当にすごいところだと思うのだ。
デビュー間もないアイドルの話ではない。結成から22年、メジャーデビューから17年経つグループが、こんなに素直にファンの前で感情をあらわにできるのだ。
ほかの公演は完売しているところも多く、紅白の常連、ワールドツアーも何度も行ってきた日本が誇るアーティストである。ひとつくらい埋まらない公演があっても、何食わぬ顔でやり遂げてしまうことなんていくらでもできるはずなのだ。
でも、そうやって器用にごまかせないのがPerfumeなのだと、この人たちを応援してきてよかったと思わせてしまう力がある。これがアイドル性ではないとしたらなんだというのだろう。
号泣といってもシリアスなものではなく、むしろあまりに涙声のままMCで話すメンバーを見て、客席の空気はゆるみ、笑いが起きていたという。
特にあ〜ちゃんは涙もろく、私もライブで何度かその姿は目撃しているが、不思議と本当に笑えてくるのだ。なんでこの人たちは何万人を前にしても、こんなに友達に話しかけるようにリラックスしていて正直なんだろう、と思うと自然と笑顔になってしまう。
あんなに企画性の高いビジュアルイメージやアートワーク、涼しげな表情でパフォーマンスをしているのに、口を開けば人情味にあふれているギャップは、何年経っても意外だしおもしろい。
思えばPerfumeは2年前の2月26日、四大ドームツアーの最終公演である東京ドームでのライブを「本日午後に新型コロナウイルス感染症対策本部にて政府に要請された方針に従い」当日判断で中止せざるを得なかった。そのころから日本中、というか世界中から興行が消えたことは万人の知るところである。
もしかしたらあのときのように、自分たちの公演を潮目に、今度は「収容率の低さを公表してでも、声出し可能な体験を観客にさせてあげたい」という思いがあったのかもしれない。実際に、彼女たちにならうようにして「収容率50%以下、声出し可能ライブ」を謳う大型の興行が打たれつつある。
空席の多い公演だったとしても、「行けばよかった」と多くの人に思わせることができたなら、そのライブは成功したといえるだろう。
「2022年の『PLASMA』宮城公演初日」が遠い記憶の伝説となるくらい、当たり前に歓声であふれる日常が1日でも早く戻ってくることを願っている。
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