「悪・即・斬」揺るぎない信念を貫いた斎藤一。「不殺」のアンチテーゼとして君臨した“愚直な美しさ”
1994年から1999年まで『週刊少年ジャンプ』で連載され、累計発行部数は7200万部を超え、実写映画化や舞台化がつづくなど今なおファンの多い和月伸宏によるマンガ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』。
主人公・緋村剣心のほかにも人気キャラクターを数多く生み出した『るろ剣』。特にファンから支持されているのが、新選組の三番隊組長というバックグラウンドを持ち、維新後に警察官となった斎藤一(さいとう・はじめ)だ。
悪を問答無用で即切り捨てる「悪・即・斬」を正義として掲げる、斎藤一の魅力に迫る。
物語におけるアンチテーゼになった斎藤一
逆刃刀を持ち、「不殺(ころさず)の誓い」を掲げる剣客・緋村剣心。どんな過酷な戦況においても不殺を貫き通した剣心の姿は、彼と出会った多くの人物(たとえば四乃森蒼紫であったり、瀬田宗次郎であったり)の考えを、人生を変えることとなった。
だが、そんな剣心に一切揺るがされない人物も存在する。そのひとりが、剣心と時に刀を交えながら共に幕末の動乱を生き抜き、宿敵とさえ言わしめた元新選組の三番隊組長・斎藤一だ。剣心とは真逆に、悪を問答無用で即切り捨てる「悪・即・斬」を正義として掲げる斎藤。志々雄真実や雪代縁が『るろうに剣心』においての悪役なら、不殺の剣心と「お前の全てを否定してやる」と真っ向から対立する斎藤は、物語におけるアンチテーゼだ。
作中、「藤田五郎」の偽名で、明治政府の密偵として警官に扮して登場する斎藤。自分自身のことを「維新の敗者」と呼び、明治政府におもねる姿は、新時代に完全に屈服したかのように見える。
だが、屈服などとんでもない。「俺たち幕府側の人間も『敗者』という役で明治の構築に人生を賭けた」と語る斎藤に、卑屈さは一切ない。それどころか、明治という新時代においても、国を腐す者を排除する存在として、新選組のときから変わらず「悪・即・斬」を貫いている。藤田五郎はそのために使っている都合のいい仮面に過ぎず、国の権力者が私欲に溺れることがあれば斬り捨てると豪語する姿は、何者にも媚びぬ、首輪のついていない狼そのものだ。
斎藤の属した新選組や江戸幕府は、確かに時代の敗者だったかもしれない。だが、大きな時代の変遷さえも斎藤の心を折ることはできなかった。「壬生(みぶ)の狼を飼う事は何人にも出来ん」というセリフに、「新選組の斎藤」の信念と誇りがいまだに炎を燃やしつづけていることが示されている。
ひとつの道を極めつづけた“愚直な美しさ”
斎藤一のもうひとつの代名詞である必殺技「牙突」もまた、その生き様を象徴する。「左片手一本突き」を極限まで鍛えた牙突は、相手を一撃で確実に仕留めるための、ごくシンプルでストレートな剣技だ。壱式、弐式などバリエーションはあるものの、斎藤は初登場で相楽左之助と相対したときから牙突一本で戦いつづけていくことになる。そんな斎藤の戦闘シーンは、ただ勝つか負けるかだけではなく、斎藤が愚直に鍛えた牙突がどこまで通用するのかも含めて、読者は固唾を呑んで見守ることになる。
牙突の真髄、そして斎藤の生き様が最もわかりやすく表れるのは、志々雄の配下・十本刀の魚沼宇水との戦闘シーンではないだろうか。口では志々雄に復讐すると言いながら、より強くなった志々雄に勝てないと諦めている宇水の内心を看破した斎藤は、牙突零式で宇水の体を両断する。闘うことを辞めた男が、どんな場所に立たされても信念を貫く男に敗北したシーンである。そして、剣心が不殺を掲げ、敵であろうとも殺さず進んできた中で、この宇水戦は、戦闘で味方が敵を絶命させた唯一のシーンでもある。
息を引き取る間際、宇水は「一片の淀み無く…己が道を…貫く…簡単な様で…何と…難しい事…よ」と、斎藤がどこまで「悪・即・斬」を貫けるかと問いかける。それに対し斎藤は、「無論 死ぬまで」と即答するのだ。
宇水が語ったとおり、何かを貫き通すことは口で言うのはたやすく、実行するのは難しい。我を通すよりも自分を曲げてしまったほうがよっぽど生きやすいし、宇水のように敗北を避けて挑戦せずに諦めたり、自尊心を守るために自分の心にさえ虚勢を張ってしまうようなことは、スケールは違えど多くの人に覚えのあることではないだろうか。
だからこそ、人は一本気なものに心惹かれずにはいられない。そこには、ひとつの道を極めつづけた者にしかない、愚直な美しさが宿る。そして、その刃を貫き通し、何者にも打ち勝っていく姿には、得も言われぬロマンがある。
結局、斎藤と剣心は決着をつけないまま物語は終幕する。斎藤は「不殺」のアンチテーゼとしての役割を最後まで保ちつづけるのだ。剣心の正義である「不殺の誓い」が『るろうに剣心』の要であるからこそ、「悪・即・斬」を貫き切った斎藤一の揺るぎなさが、代えがたい魅力としてよりいっそう際立つ。
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