オノ・ナツメの“老眼鏡紳士”に惚れ込む『リストランテ・パラディーゾ』。ロマンスだけじゃない「複雑な母娘の物語」

2026.5.30

文=ちゃんめい 編集=高橋千里


オノ・ナツメの『リストランテ・パラディーゾ』は、ローマのレストランを舞台に、大人たちの恋愛と人間模様を描いた人気作。2009年にはテレビアニメ化もされ、多くのファンを魅了した。マンガライター・ちゃんめいが、今なお色褪せない本作の魅力を、20年ぶりに発売された【新装版】とともに振り返る。

オノ・ナツメ『リストランテ・パラディーゾ【新装版】』
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“黒”と“白”で空気感を表現するオノ・ナツメ作品

『ACCA13区監察課』『さらい屋 五葉』『リストランテ・パラディーゾ』などで知られ、世界中の読者を魅了してきたオノ・ナツメ。

そんな彼女の作品といえば、まず思い浮かぶのがあの黒と白だ。版画のようにコントラストの効いた画面に、人物の輪郭と空気が凛と立ち上がる。

その陰影は大胆でありながら時に繊細さも併せ持ち、舞台が変われば登場人物の骨格や佇まいさえも柔軟に変化する。

オノ・ナツメにかかれば、そのモノクロ表現は単なる色数の制限ではない。むしろ時に鮮やかなカラー画以上の印象を残し、人物の空気や関係性までくっきりと浮かび上がらせる。

その表現の強度ゆえに、オノ・ナツメ作品はけっしてほかに代えのきかない魅力を持っており、もはや「オノ・ナツメ」というジャンルそのものになっていると言っても過言ではないと思う。

主人公・ニコレッタが訪れた「カゼッタ・デッロルソ」

さて、そんなオノ・ナツメ作品、「あなたはどこから?」と聞かれたら、私の場合は『リストランテ・パラディーゾ』から始まった。

現在、新装版が刊行されている本作だが、私が最初に出会った旧装版の帯には、羽海野チカの「真剣に好きです」というひと言と、クラウディオの隣で涙をこぼす自画像があった。その愛の深さと熱量に惹かれて、思わず手に取ったのを覚えている。

オノ・ナツメ『リストランテ・パラディーゾ』(旧装版)

そんな本作の舞台はイタリア。地方からローマに出てきたニコレッタは、ある目的を胸にリストランテ「カゼッタ・デッロルソ」の扉を叩く。

というのも、彼女の両親は幼いころに離婚。そのあと、母・オルガは、再婚するために彼女を祖父母に預けたまま姿を消してしまう。

こうして成人したニコレッタがこの店を訪れたのは、自分を置き去りにした母に会うこと、そして母の再婚相手であり、この店のオーナーであるロレンツォに「自分はオルガの娘である」と打ち明けるため。

そんな母への復讐心とともにその機会をうかがっていたが、彼女を迎えたのは予想外の光景だった。

実は、「カゼッタ・デッロルソ」とは、スタッフ全員が老眼鏡をかけた紳士で構成される、少し風変わりなリストランテだったのである。

落ち着いた物腰、円熟した気配、そしてどこか隙のある愛嬌。そんな老紳士たちを目当てに、店は連日女性客で賑わっている。

当初は戸惑いを隠せないニコレッタだったが、やがてその中のひとりに目が留まる。

『リストランテ・パラディーゾ【新装版】』より

それが、常連客いわく「こっちから迫って困らせてみたいタイプ」のクラウディオ。気づけば彼へと、ニコレッタの心は静かに引き寄せられていく。

不思議な色気を放つ“老眼鏡紳士”たち

本作は、そんなローマの小さなリストランテを舞台にした群像劇である。

登場するのは、先述のとおり老眼鏡をかけた紳士……。いわゆる若さとはまた異なる魅力をまとったミドルの男性たちであり、歳月を重ねたからこその落ち着き、柔らかな所作、それでいて過去を背負う者にだけ宿る影。

言葉にせずともにじみ出るそれらが、不思議な色気となって読者を惹きつける。

『リストランテ・パラディーゾ【新装版】』より

読み進めるうちに、きっと誰もがひとりは気になる老眼鏡紳士と出会うはず……というのは、『リストランテ・パラディーゾ』を読んだことがある人なら、誰もが深くうなずく部分だと思う。

なんなら、本作によって“老眼鏡紳士”というキャラクター像が広く意識されるようになったといってもいいかもしれない。

言葉にされずとも心に沁みる『リスパラ』の効き方

ただ、新装版で改めて読み返して感じたのは、この作品の“効き方”についてだった。

たとえば、ニコレッタという異分子が入り込むことでほどけていく、クラウディオが抱える過去、そして前妻への心の揺らぎ。

あるいは、自ら打ち明ける前にニコレッタとオルガが母娘だと気づいたジジの真意や、母いわく「ワイン選びが上手」だという彼の、その本当の理由。

さらに、ジジと実は従兄弟であるロレンツォとの間に潜む静かな過去……。

『リストランテ・パラディーゾ【新装版】』より

そうした物語の数々は、けっして当人たちから直接的な言葉では語られない。向けられる眼差しや、その先にいる誰かの表情。言葉にされない部分にこそ、感情や真意がにじむ。

言いきらないからこそ、物語はその場で閉じず、あとから読み手の心に静かに沁みてくる。それが、この作品の“効き方”なのだと思う。

整理しきれない“母娘の関係性”をなじませていく

こうした“効き方”は、ニコレッタと、母・オルガの関係にもはっきりと表れている。

物語の序盤ではしきりに「母のようにはなりたくない」と語るニコレッタ。しかし皮肉なことに、クラウディオに惹かれてからの彼女の大胆な振る舞いには、周囲も指摘するほどどこかオルガの面影が重なる。

拒絶したはずの存在と似てしまう……そのどうしようもなさが、母娘という関係の厄介さと愛おしさを同時に浮かび上がらせる。

『リストランテ・パラディーゾ【新装版】』より

そして、その整理しきれない母と娘の感情を、「カゼッタ・デッロルソ」という場所が静かに受け止めていく。許すでも許さないでもなく、時間をかけて少しずつ味をなじませていくように。

この作品は、洗練された大人のロマンス群像劇でありながら、不器用な母娘の物語でもある。そのどちらか一方では語りきれないところに、この作品の“旨み”があるのだと思う。

現在発売中の【新装版】には、単行本未収録の番外編「GENTE#5.5」ほか、カラー・モノクロのイラストコレクションも収録されている。

初めての人も、訪れたことのある人も。ぜひ一度、「カゼッタ・デッロルソ」の扉を叩いてみてほしい。

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ちゃんめい

マンガライター。マンガを中心に書評・コラムの執筆のほか作家への取材を行う。主な執筆媒体に『ダ・ヴィンチWeb』『コミックナタリー』、小学館『ビッグコミックスピリッツ』『ビッグコミックスペリオール』など。宝島社『このマンガがすごい!2024、2025、2026』選者ほか、トークイベントの司会進行などで..