歴史は勝者が刻むが、正しいとは限らない。『るろうに剣心』に見る「弱肉強食」と「暴走」

2022.7.14
【『るろうに剣心』に学ぶ】歴史は勝者が刻んでいく、だけど“官軍”が正しい道を選ぶとは限らない

文=満島エリオ 編集=森田真規


1994年から1999年まで『週刊少年ジャンプ』で連載され、累計発行部数は7200万部を超え、実写映画化や舞台化がつづくなど今なおファンの多い和月伸宏によるマンガ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』。

本稿では『るろうに剣心』というマンガを通して、今の社会にも通じる“勝者”と“正義”の関係性について考えていきたい。主人公・緋村剣心が、作中で放った次の言葉と共に。

「勝負に勝った方 つまり強い方が全て正しいというのは それは志々雄の方が正しいということ」

※この記事では『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』の内容について詳述しています。未読の方はご注意ください。

人気の秘訣は、緋村剣心の善悪を超えた信念

スーパーヒーローが善良な市民を悪から守る──そんな勧善懲悪の物語はシンプルだ。誰もが信じる正義、誰もが憎む悪。そんなふうにわかりやすく白黒つけられる世界だったのなら、生きることももっとシンプルだったのではないかと思う。そんな世界に憧れてしまうのは、現実がそう簡単ではないと知ってしまっているからかもしれない。

1994年から1999年まで『週刊少年ジャンプ』で連載された『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』は、「少年誌で歴史ものはヒットしない」という定説を覆し、累計発行部数7200万部を超える大ヒットとなり、アニメ化、実写映画化、舞台化など数々のメディアミックスも行われた。時を経て今なお愛されている『るろうに剣心』には、時代の流れに左右されない、善悪を超えた主人公・緋村剣心の信念がある。

緋村剣心が表紙の『るろうに剣心 完全版 1』(和月伸宏/集英社)
緋村剣心が表紙の『るろうに剣心 完全版 1』和月伸宏/集英社

「勝った者が正しいというのなら……」

『るろうに剣心』の「京都編」最大の敵役と言えば、カリスマヒール・志々雄真実だ。剣心から「影の人斬り役」を引き継いだ志々雄。その野心を危険視され、混乱に乗じて殺されそうになるが、逆に明治政府を打倒し、強者だけが生き残る修羅の国を志向するようになる。「この国を強くする、それが俺の正義」とのたまう。

志々雄真実が表紙の『るろうに剣心 完全版 14』(和月伸宏/集英社)
志々雄真実が表紙の『るろうに剣心 完全版 14』和月伸宏/集英社

では、そんな「弱肉強食」を掲げる志々雄の前に立ちはだかる、剣心にとっての信念はなんだったか。それは志々雄の腹心であり、十本刀のひとり、瀬田宗次郎との戦いの中に見出すことができる。

瀬田宗次郎が表紙の『るろうに剣心 完全版 13』(和月伸宏/集英社)
瀬田宗次郎が表紙の『るろうに剣心 完全版 13』和月伸宏/集英社

妾の子として生まれ、幼少のころより親類から虐待を受けていた宗次郎は、ある日、逃亡中の志々雄と出会う。そこで志々雄が幼い宗次郎に与えたのは「強ければ生き 弱ければ死ぬ」という言葉と、1本の脇差だった。

志々雄を匿っていたことがバレ、親類たちに殺されそうになった宗次郎は、志々雄の「弱肉強食」の教えのもと、全員を惨殺。この出来事によって、「弱肉強食」こそが宗次郎の中で絶対の真実となる。だが、剣心との戦いに敗れ「正しいのは緋村さんの方だった」と言う宗次郎に、剣心はこう言う。

「勝負に勝った方 つまり強い方が全て正しいというのは それは志々雄の方が正しいということ」

同じ言葉を、剣心は別の場面でも口にしている。

辛くも志々雄を倒し、その目論見を防いだ剣心たち。悪に勝った!と仲間たちが喜びに沸くのも束の間、十本刀のひとり、佐渡島方治が、志々雄たち歴史の暗部を封殺しようとする明治政府への絶望により獄中で自害したことを知らされる。後味の悪い結末に「正しかったのは俺達の方だよな?」と揺らぐ明神弥彦に、剣心は「勝った者が正しいというのなら、それは志々雄真実と同じでござるよ」と繰り返すのだ。

『るろうに剣心』の物語において、志々雄一派は紛れもなく悪役だ。けれど、そもそも彼らは維新派が作り出した、いわば必要悪である。そして、明治維新が果たされることとなったとたん、厄介者として切り捨てられることになる。この流れの中に、果たして揺るぎなく「義」と呼べる者は存在したのだろうか。

『るろ剣』で描かれた「正義」

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