“若い女”を無駄にしてはいけないと思っていた──ガールズバーで気付いた「女の価値」という苦痛
今注目のペイントアーティスト・チョーヒカルのエッセイ集『エイリアンは黙らない』(晶文社)が2022年1月に発売された。
本書は、国籍や性別による区別など、社会の不条理さにくじけそうになっても、自分の足で歩いていく覚悟を込めたエッセイ集。チョーヒカルが綴る「成長」と「主張」に多くの反響が寄せられた。
本書の発売を記念して、同書に掲載されているエッセイを特別に公開する。
とにかく「女の賞味期限」に焦っていたのだ
「女はクリスマスケーキだ」とかいうクソみたいな言葉がある。どういう意味かというと、 女の賞味期限はクリスマスケーキと同じで、24〜25歳だ、という揶揄である。そんなわけはない。けれど私自身、砂糖菓子のサンタが溶けてきているのをどうしても意識してしまう。若さというのは、美醜とは違い、唯一全員に平等に与えられる特権だ。そして私はとうとうそれを手放さなければならなくなっている。年には抗えないし、抗う気もない。ただ、ついに20歳を過ぎると、嫌な疑問が頭をもたげた。
「私は若い女をしっかり満喫しただろうか」。
かわいくないという自覚を持って生きていると、自分が女だということに目を背けがちという側面がある。女らしい行動をとる=女の市場に出ている=他の女と比べられる、ということになるわけです。自分が顔面的に上位でない自覚があるがゆえ、他と比べられるような行動をとりたくなくて「サバサバ女」を自称したり、自ら女らしくない言動をしてしまう。そうやって生きてしまったものだから、もしかして自分が女という価値をドブに投げ捨てちゃってんじゃないかしらと急に不安になる。
特に20歳になって「10代ではなくなった」私は非常に焦っていた。一生で一番求められている時期が今かもしれないんだ。ここから下り坂かもしれないんだ。今自分の価値を試さずして、乱用せずして、どうするんだ! ここで少しでも自分の価値を感じておかなくちゃ、それこそ年をとってから承認欲求が爆発して、ホスト狂いになるかもしれない!
とかなんとか、脳内がうるさかった。そんなこんなで大学に入ったばかりの頃、いてもたってもいられなくなり、ガールズバーにアルバイトに行ったことがある。若い女じゃないと働けない場所で働いておかなければ。若い女を無駄にしてはいけない、と思ったからだ。新宿・歌舞伎町、ギラギラ汚いビル。3階がおっパブ、2階がキャバクラ、1階が案内所、そして地下階に、そのガールズバーはあった。面接に行ったその場で採用となり、誰かが着古したのが丸わかりのショートパンツを支給された。国籍が中国であることを告げると「じゃあ源氏名は、チャンかリンリン!」と即座に言われ、いや、チャンはないでしょう、チャンは。と消去法で私は「歌舞伎町のリンリン」になった。
店はびっくりするほどに暗かった。床は真っ黒で、ゴミが落ちていてもわからないし、いつもなぜか少し湿っている。女の子たちは整形とマツエクの話を繰り返し、男性の前では甲高い声で(彼氏と同棲している部屋で飼っている)ペットの写真を自慢していた。
「どうも! リンリンです!」
似合わない高い声で自己紹介をするたび、違和感しか感じない。違う、何かが決定的に違う。
私はプロ意識を持つこともできずにつまらない話で場を白けさせ、飲み物のオーダーを間違え、灰皿の交換が遅くて怒られてばかり。「私らしさ」を構成する要素が、何一つそこでは価値を持たなかった。挙動不審さも、皮肉な話し方も、あまり肌を出さないところも、全てその場所で求められている「若い女」として失格だった。私は若い女失格なのだと思った。
週に2回始発まで店に入り、吐きそうな気持ちで家に帰った。女らしさを売る場所にいけば、自分の女の輪郭をつかめると思っていた。だけど、そんな収穫は微塵もない。あるのは、苦痛のかわりにお金を得るという感覚。なりたくもない女性像に自分を無理やりはめ込んで、切り売りしているという感覚のみだった。自分がいわゆる「若い女」であると感じるということは、個性が無視され、軽んじられ、擦り切れるということのように思えた。
そうしてやっとわかったのは、私は「若い女」になんてなりたくないということだった
「若い女失格」なのではなくて、そもそもなりたい人間像と、理想とされる若い女像がかみ合っていないだけだったのだ。若い女を全うできなかったのではなく、私の求めるものがそこになかっただけなのだ。「女という価値」なんて本当は最初から欲しくなかった。
小さい頃から「若い女であるだけで価値がある」と私たちは刷り込まれている。一年一年歳を重ねるたびに、何かを失っているのではないかとビクビクする。何かを成し遂げれば若い女だからだと揶揄されたりもする。若い女のほうがモテるかもしれない。若い女の方が奢ってもらえるかもしれない。若い女のほうが理由もなく優しくされるかもしれない。だけど若い女であるだけでもらったものにはやはり価値なんてない。私は私であるから愛されたい。私は私らしいまま愛されたい。それに気付くのに25年もかかってしまった。
今は早いところ、若い女じゃなく、かっこいい人間になりたい。
※『エイリアンは黙らない』『とにかく「女の賞味期限」に焦っていたのだ』より
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『エイリアンは黙らない』(晶文社)
著者:チョーヒカル
定価:1,760円(税込)
発売日:2022年1月26日注目のペイントアーティストが綴る、毎日間違えて、へこんで、社会の不条理さにくじけそうになっても、怒って、戦って、考えて、自分の足で歩いていく覚悟を込めた「成長」と「主張」のエッセイ集。書き下ろし漫画も6篇収録。
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