他人の夢の話は退屈、なんて言われるけれど、同様に他人の恋の話もけっこう聞いていられない。それでも、夢のような恋の話は常に求められていて、主に少女マンガ業界が担っているとは、つくづく感じることだ。
今井大輔の『パッカ』も、まさに夢のような恋の話。しかし、少女マンガではない。とある高校を舞台とし、登場人物たちの制服は、全5巻の最初から最後まで半袖で描かれる。ひと夏の話だ。
※この記事は『クイック・ジャパン』vol.155に掲載のコラムを転載したものです。
恋する河童たちのバイブル

主人公の末森ケイは、やや理屈っぽいが、根はまっすぐな少年。高校入学すると自信満々で水泳部に入部するも、一年先輩のエース・花園サキに実力を思い知らされる。そんなふたりは小学校のころ、スイミングスクールでの幼馴染。
再会の懐かしさに想いがよみがえり、ケイはふと「サっちゃんに勝ったら付き合ってよ」と口走る。サキもそれを受け止める。恋と勝負の夏本番がはじまる。
と、なんと仕上がった青春だろう。しかし、本作にはもうひとつの仕掛けがある。よりによって水泳部に河童が紛れ込んでいるのだ。プールで命を落としかけたケイを救った河童は、同級生の少女。事件を機にふたりは急接近し、恋と勝負は複雑さを増し、どうやら忙しい夏になる。
河童の少女は少女マンガが大好きで、そこに描かれたキラキラの恋に憧憬しているのだが、やがて、恋の存在しない合理的な河童の生態が明らかになるにつれ、かつてオンディーヌや人魚姫らが溺れた古典的な悲恋が、学園ドラマにせつなく落とし込まれてゆく。
ところで、柳田國男の『遠野物語』に刺激された芥川龍之介は、小説『河童』の中に悪夢のような河童のコミュニティを創作した。
そのイメージは戦後、 清水崑のマンガ『かっぱ天国』のヒットで、のんきなユートピアへと塗り変えられた。当時の栄華の名残は、小島功へ引き継がれた黄桜酒造の「カッパ家族」や、カルビーのネーミングに見て取れる(ちなみにかっぱえびせんのパッケージにある「かっぱ」の文字は、清水崑の筆跡だよ) 。
しかし『パッカ』の中の「河童の里」の現在は、なにやら口ごもるように語られもしや悪夢へと逆行しているのかもしれない。だからこそ、はぐれ河童たちが紛れ込む人間世界の青春が、キラキラのあふれるユートピアにしか見えない。恋愛を描くなら露悪に生臭く、年齢高めのマンガ通を唸らせようとしがちな青年マンガ誌に、あからさまに少女マンガ的な記号をちりばめたこの作品の生まれた価値は、きっとそこにある。
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