妙にリアルな漫画的理論武装
そしてラストは、虎杖悠仁(いたどり・ゆうじ)と、虎杖に弟たちを殺された「呪胎九相図」(じゅたいくそうず)の長男・脹相(ちょうそう)の戦い。「呪胎九相図」とは、かつて加茂憲倫(かも・のりとし)によって作られた呪霊と人間のハーフの呪物。呪肉(ここでは人間の身体を乗っ取るという意味)したことで、脹相ら3兄弟は生まれた。
脹相は自身の血を加圧して限界まで圧縮する「百斂」(びゃくれん)の使い手なのだが、この技を使ったバトルがまた漫画的な理屈がてんこもりとなっている。「いや、本当にそうなるのか?」と心の中でツッコミそうになるが、技または現象の理屈を説明する言葉が、カッコよかったり、賢そうだったり、雰囲気があったりで、妙に納得してしまう。
ピストル並みの速度で固めた血を放つ「穿血」(せんけつ)や、散弾銃のように飛び散る「超新星」(ちょうしんせい)を防ぐため、虎杖は装着していたミニメカ丸(メカ丸の魂が宿った子機のようなもの)のアイデアで、スプリンクラーを破壊した。水びたしになった脹相は、「百斂」を解くハメとなった。
この理屈としては、「百斂は常に血液の凝固反応をオフにするため、脹相の血液は水に溶けやすく、浸透圧で赤血球が膨れて細胞膜が破れてしまう」だそう。これが理論的に正しいのかどうかは僕にはよくわからない。しかし、なんだかそれっぽいことを言ってるし、話自体はわかるので納得させられてしまう。ひとつ賢くなった………とまでは言わないが、妙な満足感を得られる。
水浸しの脹相は、手のひらに隠したわずかな血をこっそり固めて撃つのだが、ここでは現実にある疾患にかかるリスクを語り、リアリティを作り上げる。医学的な話はよくわからなくても、とにかく脹相がギリギリで戦っていることが伝わってくる。
脳みそを振り絞って戦う脹相に対して、土手っ腹に穴を開けられた虎杖の奥の手は、なんと「死んでもコイツを戦闘不能にする」というメンタル的なものだった。自分ひとりではなく、呪術師全体の勝利に切り替える成長がうかがえるシーンなのだが、結局ガマンや根性なのが虎杖らしい。しかし、温存していた左手での渾身の一撃も、脹相は血を固めてガード。無防備な腹部に一撃を決められ、虎杖は気絶してしまう。
「存在しない記憶」の正体とは?
絶体絶命と思われた瞬間、脹相の脳内に「存在しない記憶」がなだれ込んだ。それは、死んだ弟の壊相(えそう)と血塗(けちず)と、さらには虎杖が一緒に食事をしている風景だった。食卓にはたくさんの美味しそうな料理が並び、まだ呪肉していない4番目以降の弟たちの姿もあった。
理想だ。100年間も兄弟とともに封印されていた脹相にとって、この上なく楽しい光景。そこに、いるはずのない虎杖がいたことで、頭ではあり得ないとわかっていながら、脹相は虎杖にトドメを刺すことができなかった。「存在しない記憶」のおかげで、虎杖は命拾いしたのだ。
実は虎杖が敵に「存在しない記憶」を流し込むのは今回が2度目となる。1度目は、京都校との対抗戦で東堂葵(とうどう・あおい)が相手だった。その時は「虎杖と東堂はもともと親友だった」という内容で、半分ギャグのように描かれた。しかし、今回は命を左右する場面での登場。この話が『ジャンプ』で掲載された当時、「存在しない記憶」は虎杖の隠された術式なのか? それとも虎杖は本当に「呪胎九相図」の兄弟なのではないか? などと噂された。
確かにそれなら虎杖の天性の身体能力も納得ができるというもの。まことしやかに流れた噂だったが、テレビ番組で作者・芥見下々本人がきっぱり否定したことで終息する(『漫道コバヤシ』フジテレビONE)。つまり、ギャグを被せたことで、命に関わるバトルに結末をつけたのだ。普通だったら読者が離れかけない挑戦的な展開だが、「芥見下々ならやりかねない……」と納得してしまった。
漫画ならではの理論武装、豪快な格闘シーン、斜め上の展開が詰まった12巻。ストーリーの進展はほぼなく、珍しくバトルシーンのみで構成されていたが、『呪術廻戦』の魅力が詰まっている一冊となっている。
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