多聞天と「慈悲の七つの行い」
ここからは長いエピローグだ。バベルグループは崩壊し、ヴィンチェンツォの実母、オ・ギョンジャ(ユン・ボクイン)の名誉は回復された。シングァン銀行のファン・ミンソン(キム・ソンチョル)が出てきたところは思わず笑ってしまった。質屋のイ社長も生きていてよかった! クムガ・プラザの人たちのたくましさがよく描かれていた。
過去、ヴィンチェンツォはチョクハ僧侶(イ・ウジン)に尋ねていたことがあった。正しい道に進めない自分は永遠に悔やみつづけるのか、という真摯な問いに対して、チョクハ僧侶はこう答える。
「多聞天という武神がいます。とても怖い顔で寺に立っているお方です。夜叉と羅刹という悪鬼を従えて、お釈迦様の教えと衆生を守っておられる。罪深いあなたは、お釈迦様のようにはなれません。だから、夜叉と羅刹を連れて、人々のために闘うのです。そうすれば時々は、お釈迦様が褒めてくださるでしょう」
ヴィンチェンツォがハンソクに「多聞天」を名乗っていたのは、この話が元になっていたというわけ。日本では「毘沙門天」とも言われる仏神で、武神でありつつ財宝神でもあるという。なるほど、暖薬寺に財宝をもたらしたヴィンチェンツォにぴったりの呼び名だ。
裁判からの帰り道、チャヨンが飲むサイダーは「スカッとする」という意味。ヴィンチェンツォからは「“仲間とはふたつの体の中にひとつの魂が宿るもの”」という言葉が記されたエアメールが送られてきていた。何度見てもいい言葉だ。
韓国・イタリア修好記念美術展にやってきたチャヨンに「絵と戦争は離れて見るべきだ」と言葉をかける男が。ヴィンチェンツォ! これは第7話でも言っていた彼のお決まりのフレーズ。彼は使節団に紛れて韓国にやってきたのだという。彦星と織姫が1年に1日しか会えないのは、どこか『愛の不時着』を思い出させる。ヴィンチェンツォが購入した無人島に「藁」と名づけているのが泣けるね。
チャヨンが見ていた絵は、カラヴァッジョの「慈悲の七つの行い」。主題は『マタイの福音書』で、「最後の審判」で永遠の救済を得るために励むべき7つの善行が描かれている。「死者を埋める」はどこかヴィンチェンツォが死者をブドウ畑の肥料にするのに似ているし、「泊るところのない者に宿を与える」はインザーギに住まいを与えたことに似ている。ほかの5つの善行も考えてみるとおもしろいかもしれない。
「島でずっとあなたのことを考えてた」と語るヴィンチェンツォ。信じられないと笑うチャヨンに自分からキス。第14話のときとは違って、自分の意志でキスをしている。そしてひと言。「悪党はとにかくしぶとい。愛することさえも」。
『ヴィンチェンツォ』とはなんだったのか?
チャヨンと別れたヴィンチェンツォは、再び悪党の顔に戻っていた。彼がライターを持っているのは悪党であることを捨てていない証拠。わずか2日前にもルチアーノ(第18話でルカが泣きついてきた元凶)を殺してブドウ畑の肥料にしたばかりだった。彼はどこまでも悪党なのだ。
ヴィンチェンツォを映すカメラがぐるぐる回るのは、価値観の転倒を表しているようでもある。悪が悪を処断して、正義のように見えるときもあるが、実際は悪なのだ。人々のために戦う悪だが、正義になることはない。そしてひと言。
「悪党として最後に伝えたいことがある。〈悪は強く果てしないものだ〉」
イタリア語では「Il male è grande e vasto.」。これはオープニングで流れている曲のタイトルでもある。当初は違う訳文が添えられていたが、のちに修正された。
『ヴィンチェンツォ』は、ひ弱な正義の力では太刀打ちできない世の中の悪を、非情な悪による手法で退治するというダークヒーローの物語だった。日本では似たようなテーマのコミックとして望月三起也の『ワイルド7』がある。
と同時に、脚本家のパク・ジェボムは本作が「ブラック・コメディ」だと明言している。つまり、「悪を滅ぼすには悪の力が必要」だと真剣に訴えているわけではないということだ。現実で正義がひ弱で悪が強く見えるのは間違いない。だからスカッとしてもらうためにこういう設定と物語を用意したということだろう。一方、繰り返し描かれていた「民衆の力」「弱者による強者に対する反撃」というテーマは、我々が生きていく上で忘れてはならないことのように思う。
女性監督キム・ヒウォンによるハードでパワフルな演出は、韓国ドラマの底力と共に新しい時代の到来も感じさせた。ソン・ジュンギも「キム・ヒウォン監督というよい船長に出会えたから完走できた」と彼女の手腕を讃えている(『スポーツソウル』5月12日)。今後どのような作品が生み出されていくのか、楽しみでならない。
トト役のキム・ヒョンムクのインスタグラムには素敵なオフショットがたくさん
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