「ここに描くべきはヤンキーか野良犬か酔っ払いか?」プロ漫画家は作画をコストで考える──『東京トイボクシーズ』うめの場合

2021.6.11
うめサムネ

文とイラスト=妹尾朝子 編集=アライユキコ


「漫画を描く」ってどういうことだろう。入門書やドキュメンタリー映像では取り上げにくい小さな事柄にその秘密はあるのではないか。ストーリーには直接関係ないシーンに出された原作者の指示に、作画担当はどう対処したか。ふたり組漫画家“うめ”の実例を、作画担当の妹尾朝子が解説する。全30ページ中のほんの3コマをめぐる仕事の過程に「漫画を描く」ことの本質がのぞく。キーワードは「作画のコスト」。プロの思考に近づきたい人、例題としてチャンレンジしてみよう。

作画コストはかけたくない

『東京トイボクシーズ』22話目、ネーム作業中のことだった。
相方の小沢(高広)から上がってきたシナリオにこうあった。

■放浪のマシロ
土手沿い(川沿い?)を歩いている。
何か身の危険を感じさせるような出来事(野良犬か、ヤンキーか、路上のみの集団か、いちゃつくカップルか、酔っ払いか、水面で魚が跳ねるか、何か新しいものか)。
そこから離れて、落ち着いた場所(街灯のあるベンチか何か?)で携帯を手にする。

なるほど、としばし考え込む。
ここから読み取れることはいくつかある。
まず『東京トイボクシーズ』の主要人物であるマシロ(真代)にとって、身の危険まではいかなくとも、怯えを感じさせるようなネガティブなことが起きる必要がある。しかしエピソードは特に決まっておらず、ネーム担当の私(妹尾)に委ねられている。さらに、ここは必要なシーンではあるが、重要度は低いので、作画コストはかけたくない。ページ数との兼ね合いでは削除の対象になるかもしれないシーンだ。

新設されたeスポーツ科に集まった若者たちの青春群像劇『東京トイボクシーズ』うめ/新潮社(月刊『コミックバンチ』連載中。3巻まで発行)
新設されたeスポーツ科に集まった若者たちの青春群像劇『東京トイボクシーズ』<1巻>うめ/新潮社(月刊『コミックバンチ』連載中。3巻まで発行)
ふたり組マンガ家。原作担当の小沢高広と作画演出担当の妹尾朝子の夫婦ユニット
ふたり組漫画家“うめ”。原作担当の小沢高広と作画演出担当の妹尾朝子の夫婦ユニット

漫画家うめのシナリオからネームまでの制作工程はこんな感じ。

1・編集担当を交えた打ち合わせで「こんな感じの話」というざっくりしたイメージを共有(ざっくりしたページ数も共有、今回は30p前後を目指す)
2小沢と妹尾のふたりで、細かい打ち合わせをし、プロットを作る
3プロットをもとに小沢が肉づけをし、シナリオ作成
4小沢のシナリオをもとに、妹尾がテキストネームを作成(ここでページ数が確定する)

半pのテキストネーム
半pのテキストネーム

テキストネームとは妹尾の造語で、シナリオのテキストをページに落とし込んでいく作業をそう呼んでいる。1ページにどこまで入るか、全部で何ページくらいになりそうか、などを検討しつつ、最終的にページ数を確定する。30p前後を目指しているので、テキストネーム完成後が25p前後ならエピソードを追加、30pを大幅に超えた場合は、エピソードを削るための打ち合わせが発生する。

5テキストネームをもとに再度打ち合わせ
6テキストネームを調整後、お互いにオッケーが出ればラフ絵を入れ、ネーム完成

テキストネームが完成した段階で、前掲のシナリオ「■放浪のマシロ」シーンに当てられるのは全32pの中で3コマ(小さめ)と決まった。

当コラムはこの3コマの構成を考える話です。チャレンジしてみましょう
当コラムはこの3コマの構成を考える話です。チャレンジしてみましょう

「ヤンキー」「野良犬」「水面で跳ねる魚」「酔っ払い」?

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