稲田俊輔『だいたい1ステップか2ステップ! なのに本格インドカレー』が教えてくれた 豊かな人生のための「時短レシピ」
『だいたい1ステップか2ステップ! なのに本格インドカレー』(柴田書店)は、人気南インド料理店「エリックサウス」の総料理長を務める稲田俊輔によるカレーレシピ集の第2弾だ。
前作『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』(同)は、「簡単」「早い」「でも本格的な旨さ」を売りにした、家庭で手軽にインドカレーを作るためのレシピ集だった。本書も、タイトルを見る限り、同様のコンセプトのようである。前作との違いはなんなのか? 「だいたい15分!」という惹句が、「だいたい1ステップか2ステップ!」となることで、レシピにどんな変化が生まれたのか?
以前、ここ『QJWeb』で書いた前作のレビュー記事「稲田俊輔『だいたい15分! 本格インドカレー』のレシピを作ってみてわかった 鯖缶カレーの驚きの味わい深さ」につづき、今回もそのレシピをもとに実作しつつ、著者の真の狙いに迫っていきたい。
目次
キーワードは「時短」
本書は「だいたい1ステップか2ステップ!」と謳っているように、調理工程が驚くほどシンプルに構築されている。
前作では、まず玉ねぎをはじめとする香味野菜を油で炒め、そこにコリアンダー、クミン、ターメリック、赤唐辛子を独自に配合した「基本のミックススパイス」とトマトの水煮缶を加えて作る「基本のマサラ」を軸に展開するレシピがベースになっていた。
基本のマサラ——すなわち「カレーの素」的なペーストで具材を炒め、水分を加えて煮る、というシンプルさゆえに、だいたい15分程度という極めて短い調理時間が実現していた。
しかし今回は、この基本のマサラに当たるようなベース部分は存在しない。ではどうするかと言えば、最初から鍋やフライパンにスパイスを含む材料のほとんどを投入してしまうのである。あとは、それを炒めたら完成(1ステップ)。もしくは、さらにトマトや水などの水分を足し、軽く煮込んで完成(2ステップ)。工程がさらにシンプルになり、より迷いなく調理が進められるようになった。
なお、普通のレシピ本は「重量(g)&さじ(大さじ、小さじ)」と表記が混在しているものだが、本作は前作同様ALL重量(g)表記になっている。計量の仕方も、鍋をクッキングスケールの上に載せて、水を含むすべての材料を記載のグラム数どおりに放り込んでいけばいいから楽チンだ。何より洗い物がものすごく少なくてすむのがうれしい。調理のみならず、片づけにおいても時間の短縮が可能になる。
そう、いわゆる「時短」こそが、本書のほぼすべてのレシピを通底する重要なキーワードなのだ。
「だいたい1〜2ステップ」がもたらす充実感
調理工程がシンプルになったことの最大のメリットは、品数が作りやすくなった点だろう。
たとえば、1章「だいたい1〜2ステップ! さらさらカレー&ごろごろカレー」では、汁めし感覚で食べられるさらさらとしたスープ状のカレーと、ごろっとした具材が食べ応えたっぷりなドライタイプのカレーが紹介される。
やはり、傾向の違うカレーが2種類あると、食べていても楽しい。さらさらカレーは、お茶漬け的な滑らかさゆえに一瞬で食べ終わってしまうが、ここに水分を飛ばした濃厚で具材感豊富なごろごろカレーが並ぶことで、食事に向き合う時間と、その充実度はかなり変わってくる。
この「だいたい1〜2ステップ」方式なら、カレーA(2ステップ)が煮込み段階に入ったところで、カレーB(1ステップ)に時間差で取りかかることができる。あるいは、手順を飲み込んでしまえば、最初からふたつ同時に進行させることだって可能だ。玉ねぎ、にんにく、生姜、パクチーなど重複する材料も多いので、2カレー分を一気に用意すれば、さらなる時短が実現することになる。
この章でまず作るべきは、ド頭にある「世界一簡単なチキンカレー」だろうか。フライパンに、トマトと水以外のすべての材料を入れたら炒め、肉の色が変わったらトマトと水を加えて10分煮込むだけ。本当にこれだけなのに、抜群に旨い。
「万人にとっておいしい料理」という視点
考えてみればカレーという料理は(特に南インド系のさらさらなヤツは)、究極的にざっくり言えば「スパイス炒め煮」だ。本書のレシピは、あらゆるカレーを「炒める」+「煮る」というシンプルな2アクションに収斂させていくことで、「簡単」「早い」を実現する。そして、さらに「おいしい」をも可能にするための、実に細やかな調整と、ハッとさせられるアイデアが散りばめられている。
たとえば、今回おもしろかった試みのひとつに、塩の「顆粒スープへの置き換え」がある。塩を減らし、代わりに顆粒スープを使用することで、旨味をブーストするのである(目指す味わいの目安になる換算表もついている細やかさよ!)。筆者は、「世界一簡単なチキンカレー」を2回作った。1回目は塩のみの基本バージョンで、2回目は鶏ガラスープの素を強めに効かせたバージョンで、だ。後者は、南インド風のさらさらカレーの町中華バージョンといった趣の、ワンパクで満足感の強いものになった。
インド料理には、和食のような「だし」の概念がない。でも、素材の旨味とスパイスの配合次第で、あるいは塩の効き具合がぴたりと決まると「旨味成分を足さずして、こんなにもおいしいものが作れるのか!」というワンダーを生む。つまり、強烈な旨味がなくとも、そのかけ合わせ次第で、実際の旨味以上の旨味を感じさせる料理だと言っていい。
ただ、後書きでも指摘されているように、それが万人にとっての「おいしい」であるとは限らない。「滋味深い味」を、老いも若きも等しくありがたがることはまずないように。実際筆者も、スパイス料理に挑戦するようになった当初は物足りなさを感じることが少なくなく、とりあえず醤油を入れて味にまとまりを出すという、やや邪道気味のことばかりしていたものだ(単純に下手だった、というのもあるが)。
こだわりの強い人間が多く、ゆえにマニアックなものになりがちな「インドカレー」というジャンルに軸足を置きながらも、「万人にとっておいしい料理」という視点を忘れないところに、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)などの著書もある稲田の、思想の一端が表れているように思う。
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