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人生には、特別なことなど何もないし、特別でないことなど何もない
もう一点、別の角度から「リアリティのライン」について言っておきたい。今泉監督の映画、とりわけ最近の作品の際立った特徴のひとつは、長回しの重視である。しかしそれは、アクロバティックなカメラワークによるこれみよがしなそれとはまったく違う。あるいはまた、時間の経過そのものを浮上させるようなスタティックで退屈な長回しでもない。
この映画で最も顕著なのは、主人公が学生映画の衣装係の部屋で互いに恋バナをする場面だろう。ふとしたことからまだよく知らない相手と思いがけず話が弾み、ほどよい距離の離れ方が却って口を軽くさせ、普段は胸にしまったままの秘密や罪や傷について話すこと、話せることが、次第に仄かな共感と友愛を招き寄せていく、あの感じ。そして、いつの間にかけっこう長い時間が経っていたことに気づく、あの感じ。もちろんあれは芝居なのだが、誰もが思い当たることがある、あの感じ。あのシーンの若葉竜也と中田青渚は本当に素晴らしい。
今泉監督は、必ずしも親密な間柄というわけではないふたりの間でゆっくりと親密さが醸成されていく──それは恋愛とも友情とも違うものだ──さまを描写するのが本当に上手だ。同様の、そこかはとなく豊かな時間は、公開が相前後した『あの頃。』にも流れていた(松坂桃李と仲野太賀が下宿でメシを喰う、あの場面だ)。
私は今も下北沢という街が苦手である。用がなければ行くことはないし、住むこともないだろう。私が若かったころだって、この映画で描かれているような出来事や関係性とは、ほぼほぼ無縁だった。
だが、それでも私は、この映画を観て、ああ、こいつらを自分は知っている、よく知っている。知っているどころか、場所も姿形も全然違うが、これってあいつの、あの子の、あの人の話じゃないか、と思ったし、そればかりか、これって俺の話じゃないか、とさえ思ったのだった。特別なことなど何も描かれていない、のではない。そうではなく、この世界、この人生には、特別なことなど何もないのだし、それと同時に、特別でないことなど何もないのだという、ごくごく当たり前の、平凡極まりない、ささやかな真理を、この映画は改めて、私に、私たちに教えてくれる。
つまり、これは、そういう映画だ。
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映画『街の上で』
2021年4月9日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
監督:今泉力哉
脚本:今泉力哉、大橋裕之
音楽:入江陽
主題歌:ラッキーオールドサン「街の人」
出演:若葉⻯也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田⻘渚、成田凌(友情出演)
配給:「街の上で」フィルムパートナーズ
配給協力:SPOTTED PRODUCTIONS
(c)「街の上で」フィルムパートナーズ関連リンク
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