M-1で唯一のタイムオーバーしたコンビ、たくろうがヤケクソのまま漫才をしたとき

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文=赤木 裕(たくろう)


『M-1グランプリ2018』敗者復活戦で唯一タイムオーバーになってしまったお笑いコンビ・たくろう。ボケ担当である赤木裕が、たくろうの「挙動不審気味なボケと優しいなでるようなツッコミの漫才」の成り立ちについて語る。彼らの漫才スタイルができた最終的なきっかけは、“ヤケクソ”にあった。

※本記事は、2018年12月21日に発売された『クイック・ジャパン』vol.141掲載の記事を転載したものです。

ヤケクソ

この前、難波駅のトイレで大きなほうをしていたのですが、横の個室の人が確実にタップダンスをしていました。あの音はタップダンス以外に考えられません。

ところで、僕は『M-1グランプリ2018』の敗者復活戦で唯一のタイムオーバーとなってしまった、たくろうの赤木です。ハイの状態になっていたためか警告音が聞こえず、オチゼリフの2秒前で爆発音が鳴ってしまいました。爆発の瞬間パニックになってしまい自分の体内から聞こえた気すらしました。とっさに相方にどうしようと目線を送りましたが、僕のセリフ待ちだったのでなんの意味もありませんでした。ネタ時間は3分、3分30秒で強制終了、というルールの中で3分20秒でネタを作っていて、僕たちは緊張で早口になるクセがあり、出番直前「ゆっくり、ゆっくり、大きな声でやりましょう」と一声かけてから舞台に飛び出したため、ゆっくりしすぎました。のんびりと気持ちのいい昼下がりのような時間の使い方をしました。気持ちよかったです。
来年こそはネタ時間を死守し、時間にルーズな男の印象を捨て去り、大人の女性とステキな一夜を過ごしたいです。女社長とかがいいです。

僕たちたくろうが挙動不審気味なボケと優しいなでるようなツッコミの漫才をやり出したのは組んでから3カ月くらいのとき。それまでは僕がちゃんとボケて相方のきむらバンドが大きい声でちゃんとツッコんでたいそうスベっておりました。漫才はそもそも「これから2人で面白い話をしますよ」のスタンスなので、誰も笑わないという状況は、恥ずかしがり屋な僕にとってはその日のうちにインドに自分探しの旅に行ってしまいたいぐらいです。別にインドじゃなくもいいです。それが3カ月間も続いたので僕はヤケクソになりました。それまで台本をちゃんと作ってネタ合わせもちゃんとしていましたが、ヤケクソでネタも適当に箇条書きで、セリフも曖昧なまま雑にネタ合わせをしました。そのときのネタ合わせが今のたくろうの漫才の形の1発目だったと思います。もともと僕はどんなバイトもすぐクビになるくらい、挙動不審でテンパり癖がありました。お皿をたくさん割りました。舞台に立つときはそれを隠そうとどっしりと構えていました。それが僕の理想の漫才師でもありました。でもヤケクソだった僕はそんなことどうでもよくなっていつもの自分のまましゃべりました。相方も、普段は怒った姿を見たことがなく、僕がネタ合わせに4時間遅刻して行って僕が「ごめんなさい」と言う前に「昨日の『(さんまのお笑い)向上委員会』観た?」と聞いてくるクレイジーな優しい人でした。4時間ずっと寒空の下で待ってました。なんか秘書検定3級の勉強してました。でも、舞台では語気強めに人の間違いを訂正していました。3カ月経って相方もヤケクソだったので、いつも通り人の間違いを優しくたしなめました。そうすると、無理がなくなってセリフに嘘っぽさがなくなったんだと思います。ヤケクソのまま舞台に立ち、漫才をしたときの手応えは僕の人生の手応え史上1番でした。

今年のM-1はよしもと漫才劇場で芸歴8年以下の「翔メンバー」というくくりで同じ舞台に立っている霜降り明星さんの優勝。このニュースは敗者復活戦終わりでからし蓮根の(杉本)青空さんと一緒に帰る新幹線の中で知りました。青空さんは「これは時代が変わるぞ」と。
「これは時代が変わるばい」と言ってほしかったです。来年こそは。


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