追悼文「筒美京平さんと私」(西寺郷太)

2020.10.19


燦然と輝くポップスの目標地点「抱きしめてTONIGHT」

1982年。「君に薔薇薔薇…という感じ」で、満を持して京平さんは田原俊彦さんのシングルに参加する。田原さんのシングルといえば、個人的に最高傑作の座が揺るがないのが作詞・森浩美さん、編曲・船山基紀さんによる、1988年の「抱きしめてTONIGHT」。ド派手でインパクトのあるイントロから「悩み事をかくすの」と田原さんの瑞々しい声質を活かしたアンニュイなAメロ、明るく展開するBメロ、爆発するサビ、そしてメロウでキュンとくる大サビからのクライマックス「守りたい」でまた間奏へ!という美し過ぎる流れ。プロになってからも遥か遠くに燦然と輝くポップスの目標地点。

ちなみに僕が京平さんと一緒に仕事をさせてもらった2000年ころ、ご自宅で京平さんに「ご自身の作られた田原俊彦さんの楽曲の中で、特に好きだなと思われる曲はなんでしょうか?」という質問をしたとき、「うーん、『原宿キッス』好きかもね」と仰ったことも書き記しておきたい。

アイドル・ソング以外の流れで言えば、忘れられないのがNHK総合テレビで放送されたテレビアニメ『スプーンおばさん』のエンディング曲「リンゴの森の子猫たち」。1983年4月スタート。月〜金の帯で17時50分から18時まで10分間放送されていたので、小学校4年生の自分は学校帰りにほぼ毎日観ていた。飯島真理さんの歌声、松本隆さんの作詞、そして琴線に触れまくる珠玉の京平メロディ。異常にメランコリックな感情を刺激する名曲中の名曲。これらの作品が、Spotifyなどで容易に聴ける時代の到来には素直に感激している。

プロになり、マンツーマンの手ほどきを受けることに

1985年。C-C-Bの「Romanticが止まらない」「Lucky Chanceをもう一度」のインパクトも凄まじかった。20年前、僕は実際に京平さんに自らのバンドNONA REEVESの2曲のシングルをプロデュースしていただいた流れで、ご自宅に呼んでいただきマンツーマンでお話ししたり、楽曲作りの手ほどきを受けたりした。同じ「バンド」という形態でもあったからか、京平さんとの会話に「C-C-B」が頻繁に出てきたことを思い出す。

京平さんとの直接的な出会いは、僕がメジャーデビューしたワーナーミュージック時代の初代ディレクター、渡辺忠孝さんの実の兄が京平さんだったことから生まれた。弟の渡辺忠孝さんはもともと、音楽レーベルでディレクターとして活躍しており、C-C-Bは彼ら兄弟が協力して売り出したバンドだった。

京平さんは僕のことを作詞・作曲家としてだけでなく、むしろ「歌手」「シンガー」として評価してもらっていたように思う。彼のフェイヴァリット・シンガーは、「明るい響きを持つ変わった声」「オリジナルな魅力を持つ歌手」だと何度かスタジオでも仰っていて。例として郷ひろみさんや、C-C-Bのドラマー笠浩二さんを挙げながら「郷太君の声も大好きですよ。目を閉じたら完璧な美少年がそこにいる感じがする、ふふふ」と褒めてくださった。

会話の中で、「C-C-B作品の中で僕自身は『空想Kiss』が好きなんだよね」と仰っていたことも鮮明に覚えている。「空想Kiss」は、彼らのシングル群の中では深みのある「ダーク・ポップ」とも呼べるナンバーだが、確かに僕もこの噛むたびにアーバンな果汁があふれ出すような「80’s UK NEW WAVE」的味わいは大好物だ。

2020年に聴いてもしっくりくる楽曲の先見性

同じような路線を小泉今日子作品で探せば、1986年の「夜明けのMEW」。作詞は秋元康さん、編曲が武部聡志さん。当時の新進気鋭の若手ともタッグを組み、2020年の今、聴いてもしっくりくる「80’sシティ歌謡」「和製ミディアム・AOR」路線を提示していたその先見性……。

錦織一清さん曰く、1985年冬の少年隊のデビュー曲「仮面舞踏会」の時点で、京平さんはレコーディング・スタジオで少年隊の3人に「これからは元気に声を張って歌うよりも、囁くように大人っぽい『ブロウ・モンキーズのドクター・ロバート』のようなシンガーのほうがカッコいいし、受けるよ」と仰ったそうだ。

チャレンジングな表現活動がしやすかったC-C-Bや、小泉今日子さん=「KYON2(キョンキョン)」ワークスでは、1984年の「迷宮のアンドローラ」あたりから明る過ぎず、暗過ぎずという当時の京平さんが目指した新たなる「NEW WAVE」的ポップ感を試していたのかもしれない。この時期の楽曲でもう1曲思い出すのが、藤井一子さんのデビュー曲「チェック・ポイント」。キャッチーなインパクトある来生えつこさんによる歌詞と、新川博さんによるメロディ、アレンジは今、聴いても斬新だ。

「歌謡ポップ・ミュージック」の完成形――「1987年の少年隊」


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