お笑いで人は救えるのか――今こそ読んでほしいマンガ『キッドアイラック!』

2020.8.12
キッドアイラック

文=かんそう 編集=鈴木 梢


板尾創路が菅田将暉と対談した際に手渡したマンガ、『キッドアイラック!』。その正体は、『M-1グランプリ2018』に「漫画家」というコンビで出場し、準々決勝まで進出、ベストアマチュア賞を受賞した長田悠幸による「大喜利」をテーマにしたマンガだ。

スポ根とシリアスの抜群のバランス、登場人物たちのドラマ、そして作中に登場する大喜利のおもしろさ――お笑い好きはもちろん、今の時代に疲弊する人々にも贈りたいとっておきのマンガの魅力を詳しく紹介したい。

全お笑いファンにマンガ『キッドアイラック!』を読んでほしい

2016年6月18日に放送された『SWITCHインタビュー 達人達』(Eテレ)で、俳優の菅田将暉とお笑い芸人の板尾創路が対談した際、エンディングで板尾が「実写化したいと思ってるんだけど、主人公のイメージに合う俳優がなかなかいなくて」と菅田にとあるマンガを渡していた。

『キッドアイラック!』は、『ヤングガンガン』で2012年から2013年にかけて連載されていた、大喜利をテーマにしたマンガ作品。

主人公の高校生・矢追金次郎(やおきん)はゴリゴリのヤンキーで毎日のようにケンカに明け暮れる日々を過ごしていた。
しかしある日、幼なじみの江崎久里子がある事件に巻き込まれ、心に深い傷を負ってしまう。自責の念にかられた金次郎はそれ以来一切ケンカをやめ、彼女の笑顔を取り戻すためにあらゆる手を尽くすが、久里子が応えることはなかった。
絶望し、失意のどん底で立ち尽くしていた金次郎の耳に聞こえてきたのは街頭のテレビから流れる「大喜利番組」だった。くだらない、と立ち去ろうとするが聞こえてきた回答に思わず大笑いしてしまう。

「俺…今笑った…のか?
こんなドン底の…ドン詰まりの…俺が?」

驚きを隠せない金次郎、そして飛び込んできた高校生大喜利大会の開催と生放送のお知らせ。「これだ!」そう思い立った金次郎はその勢いのまま大喜利を始める。しかし、大喜利経験どころか、他人を笑わせた経験すらない金次郎は空回りばかり。そんなとき、伝説のハガキ職人「スパゲッ亭アラビアー太」こと湖池やよいに出会い――というストーリー。

スポ根とシリアスのバランス

このマンガのすごさは、金次郎の成長物語としての「スポ根」的なおもしろさと、事件の真相という「シリアス」的なおもしろさの両方を見事に成立させているところにあると思う。物語後半では、金次郎が徐々に「大喜利のおもしろさ」や「他人を笑わせる」ことの快感を知り成長していくと同時に、事件の真犯人の姿や目的が徐々に明らかになっていく。相反するふたつの道筋ゆえ、片方に比重を置けば片方がおざなりになってしまってもおかしくないのだが、これが絶妙なバランスで成り立っている。その理由は金次郎の「行動原理」にある。

「お前の大喜利は確かにおもしれぇよ
けど俺は大会の優勝を目指してるわけじゃねぇ
たとえ何億万回クソスベろうと
たった1回江崎が笑ってくれればそれでいい」

これは第6話で金次郎がお笑い研究会の部長・森永に放ったセリフだ。

そう、金次郎はけっして大喜利で有名になりたいわけでも、将来お笑い芸人になりたいわけでもない。ただ「大好きな幼なじみの笑顔が見たい」。

この信念が常に根底にあるからこそ、物語がどちらの方向に進んでいても読者はストーリーの軸がブレずにスラスラと読み進めることができるし、呆れるほどバカで愚直な金次郎に、最初こそイライラさせられることもあっても、どんなに恥をかこうが泥にまみれようが、けっして止まることなくもがきつづける姿を見ているうちに、どうしようもなく心揺さぶられてしまう。

もうひとりの主人公・湖池やよい

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かんそう

1989年生まれ。ブログ「kansou」でお笑い、音楽、ドラマなど様々な「感想」を書いている。

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