優しさは弱さじゃない――。藤井風の作品は人への愛で溢れている。

2020.8.10

文=荻原 梓


アフターコロナのSNSは、以前にも増して、人間の「業」をストレートに反映し、人びとの心をささくれ立たせる場となってしまった。

そんな状況のなか、「氾濫する言葉のカオスに心を病んだ」というライターの荻原梓が心を救われたのは岡山出身のシンガー・藤井風の作品だった。

※本記事は、2020年6月26日に発売された『クイック・ジャパン』vol.150掲載のコラムを転載したものです。


“祭り”を逃れて

ウイルスの影響で音楽フェスが軒並み中止になっていくのと裏腹に、ネット上の“お祭り騒ぎ“は日々膨れ上がっている。氾濫する言葉のカオスは生活に毒だ。このテーマを編集部に提出した数日後にも、SNSで誹謗中傷を受けていたとされるプロレスラーの木村花さんが亡くなったとの報せが入り、心が病んだ。穿った見方かもしれないが、この件について人びとが投稿する“RIP”でさえ、あたかも身の潔白を主張する白々しい“祭り”の一部かのように思えて気持ち悪くなった。

これをきっかけになんらかの制度改正が起こるのかもしれないが、いくら制限を設けたところで人びとの根本にあるネガティブな気持ちがなくならない限り、それは対症療法にしかならない。悪意はかたちを変えて存在し続けるだろう。そういった衝動を抑える倫理観や道徳意識こそ必要だ。

まさにそうしたネガティブな自我と、それを止めようとする自意識とのせめぎ合いが歌われているのが藤井風の「何なんw」である。この歌における“ワシ”とは、彼の出身である岡山の方言だが、ここでは心のなかにいるもうひとりの自分を表している(彼はそれをハイヤーセルフと呼ぶ)。その“ワシ”は、彼自身へ向けて、人生において正しい道に進むよう説教したり嘆願したりする。「雨の中一人行くあんた 心の中でささやくのよ そっちに行ってはダメと」。

しかし彼は“ワシ”の忠告を無視して「肥溜めへとダイブ」。結局彼は不幸を自ら招くことになってしまう。心の声に素直に従っておけばよかったのに、という歌だ。眉唾物のスピリチュアルな考え方かもしれないが、裏を返せば、現代人に最も欠けている部分でもある。我々一人ひとりがこうして自分を律する“ワシ”を持たなければ、世の中はいつまでたっても変わらないだろう。

ネットに蔓延(はびこ)る“ワシ”を無視した言葉たち。そしてそれは見えないだけで確実に現実世界にも存在している。そうしたものから逃れるようにして出会ったのが筆者にとっては藤井風の作品だったのだと思う。

動画サイトに名曲のカバーを投稿し続け約10年。端整なルックス、高い演奏力、色気のある歌声、岡山弁まじりの愛らしいキャラクター……。天は二物を与えずとよく言うが、天は彼に三物も四物も与えたようだ。優しさは弱さなんかじゃなく、優しさは強さ。そう言い切る彼の作品は人への愛で溢れている。“祭り”から離れたくなったとき、このアルバムの声に耳を傾けよう。




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荻原 梓

(おぎわら・あずさ)日本の音楽を追いつづける88年生まれのライター。『クイック・ジャパン』、『リアルサウンド』、『ライブドアニュース』、『オトトイ』、『ケティック』などで記事を執筆。

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