『プリンセスメゾン』をコロナ禍に読む。持ち家か賃貸か。何かをしようと考えることによって初めて道が見えてくる

2020.7.24

荻原魚雷 半隠居遅報 第9回

文=荻原魚雷 編集=森山裕之


上京して30年以上、文筆家・荻原魚雷は、これまで払ってきた家賃を足すと、今住んでいる町の2DKの中古マンションを買ってお釣りが出るくらいの金額になるという。持ち家か、賃貸か。家賃を払いつづけるプレッシャーか、住み替えられる気楽さか。コロナ禍を経験した今、改めて名作漫画『プリンセスメゾン』を読んで、生活と人生の選択について考える。

池辺葵、こんなに素晴らしい漫画家を知らずにいたのは不覚だ

ここ数日、沼ちゃんのことを考えていた。

沼ちゃんのフルネームは沼越幸(ぬまごえ・さち)。沼ちゃんは居酒屋チェーンで働く26歳の独身女性である。両親はいない。ふだんは質素倹約に励み、仕事のない日は都内のモデルルーム巡りをしている。

沼ちゃんは池辺葵(いけべ・あおい)著『プリンセスメゾン』(全6巻/小学館)の主要人物のひとりである。単行本2巻か3巻が出たくらいのころ、近所の「ペリカン時代」というバーで俳人の根岸哲也さんにすすめられた。ドラマ化もされている。

【予告編#1】プリンセスメゾン (2016) – 森川葵,高橋一生,陽月華

一読、傑作の予感がした。その後、池辺葵の他の作品もすべて読んだ。こんなに素晴らしい漫画家を知らずにいたのは不覚だ――情弱中年の私はしょっちゅうそう思う。

池辺葵は言葉少なく、キャラクターの表情や間で伝えることが巧みな漫画家だ。第1話の「新しい都市の物件」では木造アパートのものがほとんど置かれていない部屋で沼ちゃんが銀行の通帳をじっと見つめるだけの絵が描かれる。畳の上にはマンションのパンフレットがある。

この漫画は1頁もしくは見開き2頁丸ごと使ったセリフなしのシーンも見所のひとつだろう。

『プリンセスメゾン』の登場人物による「『運命の物件』を見つけるためのポイント」などのコーナーも勉強になった。

百聞は一見に如かず! 現地確認を怠るべからず

『プリンセスメゾン第1巻』池辺葵 著/小学館

持ち家か賃貸か。インターネット上でも繰り返し議論されているテーマである。仕事や収入、家族構成その他によっても答えは違ってくる。単純に損得だけでは決められない。

賃貸は引っ越しが楽だし、収入やライフスタイルに応じて住み替えられる気楽さがある。持ち家だと自分の好みの間取りができるし、(ローンを完済すれば)家賃を払いつづけるプレッシャーから解放される。

どんな家に住みたいかは自分の年齢によっても変わってくる。仕事中心の生活をしている時期と老後では暮らし方が違って当然だ。

年金生活になっても部屋を借りつづけられるのか。保証人はどうするのか。

いっぽう持ち家だって買って終わりではない。ローンの支払いにくわえ、管理費や修繕費や固定資産税もかかる。買ったときには近所にあったスーパーや病院が撤退してしまうこともある。10年後20年後のことなんて、どうなるかわからない。

どちらも一長一短――だからこそ賃貸派も持ち家派も悩みが尽きないのである。

私は郷里の三重にいたころはずっと長屋住まいで、上京後、30年以上賃貸を転々としている。一度も持ち家に住んだことがない。自慢ではないが、人生で三度立ち退きを経験している。

40代以降「このまま賃貸か、それとも――」と考えることが増えた。フリーランスで収入が不安定ゆえ、ローンを組むのが難しい。

仕事に行き詰まるとインターネットで地方都市の格安の平屋の家を探すのはすでに日課になっている。

連載を引きのばしていたらコロナ禍に巻き込まれるところだった


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