『梨泰院クラス』はなぜ評価されたのか?トランスジェンダーの描き方から、魅力を紐解く
「逃げてもいい。いや、悪くもないのに“逃げる”のは変だ。お前は、お前だから。他人を納得させなくていい」
「私が私であることに、他人の理解は不要です」
これらは、今年3月まで韓国で放送されていたテレビドラマ『梨泰院クラス』で描かれたセリフだ。
ひとつ目は、自身の意図とは相反するかたちで、勝手にアウティングをされてしまったトランスジェンダーのキャラクターに対して、主人公がかけた言葉。ふたつ目はトランスジェンダーであることについて、自身のアイデンティティは自分で規定するものであると表明したセリフである。
人種や性別、国籍などによるさまざまな差別行為が大きな社会問題となっている昨今、それらの問題を並列して、これまで関心のなかった人々へも極めて違和感が小さいかたちで提示する、素晴らしいシーンだった。
『梨泰院クラス』がなぜ評価され、話題となっているのか。その理由と作品の魅力を解説する。
マイノリティが受ける理不尽な仕打ちへの返答
『梨泰院クラス』は、韓国のテレビ放送とほぼ同時にNetflixでも配信され、今年3月から現在に至るまで常にサイト内ランキングのベスト3に入りつづけている、日本でも人気の作品だ。
ドラマの内容は、ひと言で説明するなら、学生時代に理不尽な目に遭わされ、さらに父をも殺された相手に敵討ちを誓う『半沢直樹』的な復讐劇かつ、ゼロから居酒屋を始め、巨大飲食チェーンを築くまでビジネスを大きくしていく“成り上がり物語”でもある。
全16話中の2話目で主人公が投獄される、どん底からのスタート。ライバルたちが容赦なく卑劣な手口で攻撃してくるため、相手をギャフンと言わせるまで観るのを止められない気持ちにさせる。常に次が気になる“引き”を作る質の高い脚本も相まって、韓国ではケーブルテレビながら最終回の視聴率が16.5%を記録。
これは韓国ケーブルテレビ史上7位の高視聴率。紛れもない人気作品でありながら、その大衆性と同時に、社会的マイノリティのキャラクターたちが描かれていることも注目された。その代表例が、店の料理長を務めるトランスジェンダーの女性、マ・ヒョニ。
序盤では特に性別の描写はされず、ドラマの途中で視聴者と仲間たちもこのキャラクターがトランスジェンダーであることに気づく。そしてビジネス拡大の重要な局面で、彼女がとある料理対決のテレビ番組に出演することになるのだが、その直前にライバル企業から「マ・ヒョニはトランスジェンダーである」と、不意打ち的にアウティングされてしまうのだ。
それを知った番組スタッフたちからは、「トランスジェンダーはあそこを手術してるのかな」「顔もしてるかな」「してるだろ」「気持ち悪いわ、どうりで声が変だと……」とヒソヒソと陰口を叩かれる。女子トイレに逃げ込むと、鏡の前でメイクする女性から「ここは女子トイレですけど」のひと言。動揺したヒョニは、立ち去るしかなかった。
それでも、なんとか自分を落ち着かせ、「少し休んだら大丈夫。逃げません」と強がる彼女に対して、主人公がこう語ったのだ。
逃げてもいい。いや、悪くもないのに“逃げる”のは変だ。お前は、お前だから。他人を納得させなくていい
その言葉を受けて、彼女はカメラの前に立つことを決意する。その後、司会者から「この決勝の舞台が(トランスジェンダーである)自身を証明する舞台となりますね」と語りかけられると、こう答える。
証明? 私が私であることに、他人の理解は不要です
韓国ではトランスジェンダーが極めて強い差別を受けているため、料理の技術を見せることが「自身を証明」になるというニュアンスの司会者の言葉に対して、より大きな視点からの切れ味バツグンのセリフ。今作屈指の名場面だ。
この世の中では、マイノリティであるというだけで、いわれもない非難を浴びることがある。この場合も、料理で勝負をする番組であり出場者の性別は企画に一切関係がない。しかし、トランスジェンダーであることで、「気持ち悪い」「声が変」といった誹謗中傷や、セクシャルハラスメントを受ける。そして、そこから立ち去ると、何も悪くないのに「逃げる」と表現されてしまう。
このたった約5分間のシークエンスに、世の中のマイノリティの人々が受けている理不尽の一部が端的に描かれていた。
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