『梨泰院クラス』はなぜ評価されたのか?トランスジェンダーの描き方から、魅力を紐解く

2020.7.6


「自分の価値は自分で決める」が根底にある理念

このほかにも、主人公が経営する店のスタッフで黒人(ギニア出身で父は韓国人)のキム・トニーは、ナイトクラブで「中東とアフリカ人は出入り禁止だ」と入店を拒否されてしまう。「自分は韓国人である」と主張をするも、仲間のひとりが味方をせずに「どこが韓国人なのよ。肌の色も黒いわ」と口撃してしまう一幕も描かれた。

『梨泰院クラス』
物語のキーパーソンとなる、チョ・イソ。仲間であるはずのトニーにきつく当たってしまうことも(Netflixオリジナルシリーズ『梨泰院クラス』独占配信中)

見た目だけで「英語を話せるだろう」と判断され、従業員として採用されたトニーは、韓国人の父を持ち、韓国語は流暢な一方で英語はまったく話せない。見た目だけでアイデンティティを勝手に決めつけられてしまう。これは日本でも、ミックスの人や在日外国人が日本人と認められず、かといって日本で生まれ育つことで、親の生まれた文化や言語を継承することが難しく、アイデンティティ・クライシスに陥ってしまう根深い問題である。

また、主人公と獄中で出会った元ギャングのチェ・スングォンが「俺たち貧乏人は、何をしても無駄ですよ。前科者で、就職もできないし……」と弱音を吐いた際には、主人公はこんな言葉をかけた。

貧しさや学のなさ、前科持ちを言い訳に最初から諦めてどうするんだ。まずはやってみないと。

もう人生に価値はないのか? 自分の価値を自分で下げて安売りするバカめ。

勉強、肉体労働、船乗り。そこから始めるさ。なんだってやる。価値は自分で決める。おれの人生はここからだ

自分の価値は自分で決める。私が私であることに、他人の理解は不要。それがこの作品に通底する理念である。 

エンタメ作でありながら、高い人権意識が窺える

仕事ができるエリート役として、女性が自然に配置されている点も見逃せない。ライバル企業で活躍している専務も、主人公の幼なじみで若くして課長まで出世してバリバリ仕事をしているのも女性である。

『梨泰院クラス』
主人公の幼なじみであり、ライバル企業で働くオ・スア(Netflixオリジナルシリーズ『梨泰院クラス』独占配信中)

韓国企業における女性取締役比率は、大和総研のデータによると2017年度時点で2.1%。日本企業では2018年時点で3.8%なので、日本よりも女性が幹部を務めることは少ないにもかかわらずこのような作劇がなされているのは、ドラマの制作スタッフたちの社会的意識の高さが表れているのではないだろうか。

さらに、劇中で主要キャラがたびたび訪れるゲイバーの店主を演じるホン・ソクチョンは、韓国の芸能人で初めてゲイであることをカミングアウトした人物である。一時はこの公表により芸能界から干されていたが、現在は広く活躍している。

あくまでエンタメ作品でありながら、社会的マイノリティが“なきもの”として扱われず、その存在が自然に散りばめられている。人権意識が溶け込んでいる作品でありながら、大衆的に人気を博しているのだ。


我々は無意識のうちに、加担しているのではないか?

マジョリティとマイノリティとは、そもそも社会を構成する人々を属性で切り分けた上で、その人口の多い少ないによって評価する言葉であり、実に相対的な価値観である。肌の色、性別、国籍、前科の有無……。あらゆる属性に言えることだが、どう生きるか、どのような表現をするのかは、すべて自分で決めることだ。

単一の社会問題を取り扱うのではなく、さまざまな社会的マイノリティの存在を同列に扱い、なおかつ、それぞれがストーリーを前進させる起爆剤として脚本にうまく取り込まれている。

トランスジェンダー、在韓外国人、前科者といった、社会的マイノリティのキャラクターを描きながら、それが「マイノリティへの理解を示す」というアリバイのためでなく、問題の本質を損なうことなく物語に組み込まれ、作劇がなされている。

描写が不十分だと感じる点は多々あるが、『梨泰院クラス』はエンタメ作品であるからこそ、これまで社会的マイノリティの存在に対して無関心だった層にまで、何かを考えるきっかけを与えているのも確かだ。

現実社会では、マイノリティであることによって誹謗中傷を受け、ひどい場合には理由もなく暴行を受け、時には命を奪われてしまうことさえもある。そして、無意識のうちに、そこに我々自身が加担することもあるかもしれない。

劇中のキャラクターが傷つけられたときに、視聴者たちはふと、「自分も同じようなことをしてしまったことがあるのではないか」と振り返る。『梨泰院クラス』はそんな機会を作り出す作品である。


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森 ユースケ

(もり・ゆーすけ)1987年生まれ。東京都出身。毎日ウルトラ怪獣のTシャツを着ているライター/編集。インドネシアの新聞社勤務、国会議員秘書、週刊誌記者を経て現職。近年は企業のオウンドメディア編集も担当。オリックス・バファローズファン。

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