『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』は疲れた心に染みる灯火のような作品だ

2020.6.23

文=僕のマリ


大前粟生『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』の主人公は「傷つくこと/傷つけてしまうこと」に敏感なため生きづらさを感じる繊細な男の子だ。しかし、それでも彼は人を好きになることを諦めない。僕のマリさんは、この作品と、最近できたという「友だち」を重ね合わせながら、「人と違うこと」を恐れないでほしいと呼びかける。

※本記事は、2020年4月25日に発売された『クイック・ジャパン』vol.149掲載のコラムを転載したものです。

わたしの友だちは、

毎日連絡をとっている人がいる。彼は同い年のアーティストで、最近できた友だち。ひょんなことから知り合い、メッセージをやり取りするうちに「友だちになりませんか?」と、わたしから持ちかけたのだ。「友だち」なんて、自然となっているのが普通だし、この歳で新しくできるとも思っていなかった。それでも、彼の書く文章や表現が好きだったので、仲良くなりたかった。時を経ずして、わたしたちは親しくなった。

ファミレスでおしゃべりしたり、くだらないことでLINEしたり、日々交友を深めている。一緒にいると気が楽で、「仲良くなりたい」と思った勘は外れていなかったようだ。彼は素敵だ。人を慮る気持ちが強く、ユーモアがあり、とてもやさしい。やさしい人は好きだ。人の痛みがわかる。

大前粟生著『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』を読んだ。主人公の七森は19歳の男の子で、「周囲と違って恋愛を楽しめない」ことに悩んでいる。男らしさや女らしさに対する疑問、自らの男性性が誰かの脅威になるかもしれないという不安。七森はやがて大学の「ぬいぐるみサークル」に入部し、部員たちと交流を深めてゆく。

言葉の端々に著者の繊細な感性が光り、読者の心をやわらかく刺す新世代小説。学生時代、「人と違うこと」は集団からはみ出すことと同義だった。普通ではない、ただそれだけで好奇の目に晒される。「ゲイ」や「レズ」は性質ではなく蔑称として使われており、わたし自身、軽い気持ちでこの言葉を用いて、人を傷つけたことがあると思う。主人公の七森は「傷つくこと/傷つけてしまうこと」に敏感であることで生きづらさを感じながらも、人を好きになることを諦めない。疲れた心にじんわりと染みる、灯火のような作品だった。

わたしの友だちには同性の恋人がいる。惚気話を聞かせてくれたり、喧嘩したときは愚痴りながらも反省していたりで、とてもかわいらしいなと思う。恋人の誕生日にあげると言っていたマニキュアはハイセンスなもので、わたしより詳しい。最近は彼と美容の話で盛り上がっている。朝と夜で洗顔を使い分けていると聞いたときは恐れ入った。わたしも負けじとスキンケアに力を入れるようになった。ふたりで美しくなろうじゃないか。

「人と違うこと」を、どうか恐れないでほしい。自分らしくあることは、決して恥ずかしいことではない。普通を捨てろ。性別に囚われるな。わたしの友だちは、誰にも似てない。


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