アダム・ドライバーという時代――『デッド・ドント・ダイ』で表出した稀有な資質

2020.6.5

複雑化する現代アメリカで求められる“顔”

では、アメリカ映画界はなぜ、彼を必要としているのか。

189センチの長身。だが、決して甘い二枚目ではない。むしろ、ルックス的に味のある個性派。エキゾチック(たとえば、かつてのキアヌ・リーブスを濃厚に煮詰めたような)ではあるものの、わかりやすくセクシーというタイプでもない。もちろん演技は達者だし柔軟性もあるが、ポジションが変わっても常に独特の「アダム・ドライバー香」が薫るという意味では、これは新種の(そして珍奇な)スターと言える。

彼の顔つきには、コロナ以前から混迷し、複雑化しているアメリカという国の「惑い」が映り込んでいるように思える。ドライバー自身が困ったような顔をしているという意味ではない。逆だ。合衆国の混沌を受け止めながら、なおも平然としている相貌。「非凡な冷静さ」があの顔にはある。何があってもどこ吹く風。涼しい様子で、ぐっちゃぐちゃの状況を通り過ぎていく。『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』にせよ、『ブラック・クランズマン』にせよ、『デッド・ドント・ダイ』にせよ、シチュエーションそのものはとんでもないのに、アダム・ドライバーの顔はまったく揺らがず、ごろんとそこにある。

『デッド・ドント・ダイ』ではゾンビとの激闘に身を投じる田舎町の警察官に扮した
(c)2019 Image Eleven Productions Inc. All Rights Reserved.

しかも、明るく爽やかな顔ではないのがいい。中心の核となる部分がいまひとつよくわからない、不明瞭で謎の顔をしている。つまり、複雑なのだ。見ようによっては陰鬱でさえある。闇の要素も少なからず含有している。どちらかと言えば、暗い。

複雑化が止まらない現代アメリカの鬱にも対応できる、複雑で仄暗いアダム・ドライバーの相貌は「不動」だからこそ価値がある。映画作家たちは、彼ならば、この時代の、そして自分自身の混迷を託しても、大丈夫なままでいてくれる、そう信じているのではないか。その賭けが大当たりだったことは、それぞれの作品が証明している。

時代が求める顔には、理由がある。

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  • 映画『デッド・ドント・ダイ』

    2020年6月5日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
    原題:THE DEAD DON’T DIE
    監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
    出演:ビル・マーレイ、アダム・ドライバー、ティルダ・スウィントン、クロエ・セヴィニー、スティーヴ・ブシェミ、ダニー・グローヴァー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ロージー・ペレス、イギー・ポップ、サラ・ドライバー、RZA、キャロル・ケイン、セレーナ・ゴメス、トム・ウェイツ
    配給:ロングライド

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