マンガ『A子さんの恋人』いよいよ最終章!文化系モラトリアムの“延長線”を巧みに描く

2020.4.12
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文=ヒラギノ游ゴ 編集=森田真規


第1巻が2015年に発売され、ほぼ1年に1冊のペースで刊行されてきたマンガ『A子さんの恋人』。2020年3月にその最新第6巻が発売され、美大卒のモラトリアムを謳歌しているように見えるアラサー女子たちの物語がいよいよクライマックスを迎えようとしている。

著者は異国での生活を淡々と描きつつ、アーティストならではの視点も光るエッセイマンガ『ニューヨークで考え中』でも知られる近藤聡乃。

ライター・ヒラギノ游ゴが『A子さんの恋人』をレビューします。なぜ私たちがこの「凪いだ物語」に惹かれてしまうのか、その一端がわかるようになるはずです。


凪、でも情報量は多い

凪いだ物語だ。

ぶつかり合いが起こって見せ場になりそうなところでも、なんとなく片方が折れたり甘受したりして衝突が避けられ、淡々と日常が進む。そういった劇的過ぎない抑えた作劇は、ひとえに主要キャラクターたちの優柔不断で決断を先送りにする傾向に由来するもの。

本作は主要キャラクターのほとんどが美大卒で、いわゆるサラリーマン的な業務内容・働き方をしている人は後述する「ヒロ君」ぐらいのもの。平日の昼間に私服で街中にいるタイプの人々を中心としたコミュニティの恋愛模様を通して、それぞれの人となりが描かれる。また、作者の近藤聡乃自身が美大卒であり、アメリカで結婚し、美術家として活動していることが作品の基本設定に影響しているところも大いにあるだろう。

ただ、美術系の仕事についている人に限らず感情移入できる余地があり、実際多くの読者が自己投影して悶絶している。本作の骨子は、そうした共感性の高さを実現する普遍的な心理描写の精緻さだ。それも、漫然と生活していると精神の網目を抜けていって、自分の心情としてすくい上げられず素通りしてしまうようなきめ細かい機微。そうした丹念な心理描写の掘り下げがそれぞれのキャラクター造形に深みを持たせ、どこかしらに共感の取っかかりを作る。

線が少なく一見してさくさく読めそうな印象を抱くかもしれないが、心理描写が丁寧なぶん実は非常に情報量が多く、しっかり汲み取りながら読書を進めようとするとそれなりの時間と集中力を要する作品。キャラクターそれぞれの胸中で進行している思考を注意深く読み取っていかないと、何かが起こったときに突然爆発したように見える。導火線はゆっくりと、ずっと同じペースで縮んでいたのに。

ふたりの恋人から逃げる物語

主人公のA子は、恋人を日本に残し渡米、数年後アメリカにも新しい恋人を残したまま帰国した30代目前の女性。ふたりの恋人どちらとも関係をちゃんと終わらせることなく、答えを決めかねたままなあなあに日々を過ごしていく。この人が元凶というか、何かと決断を先送りにするので物語に劇的な瞬間が訪れにくい。

日本の恋人・A太郎は生粋の人たらしで、常に輪の中心にいる人気者。どんな人の懐にも入っていくが、唯一自分になびかなかったA子に強い執着を持つ。一方アメリカの恋人・A君はA太郎と対象的に人を選ぶ曲者で、頭が切れて察しがよく、A子が煮え切らない態度の裏で考えていることの大半を見通している。A子はこのふたりの間で揺れ動く……と言うと恋多き乙女といった印象になるが、A子の場合“どちらにしようか迷う”というよりは“どちらからも逃れようとする”といったスタンス。この点が通り一遍のラブ・コメディとは違った読後感につながっている。

A太郎は、人たらしゆえに他人から好かれることがデフォルト化し、自分に興味を持つ人に興味を持てない状況にあると言える。また、ひと通りのことを器用にこなせるがゆえの虚無感を抱え、その虚無感から自分を連れ出してくれる存在としてのA子に依拠・同一化する。ところがそのことがA子にとってはアイデンティティを脅かす傷になり、関係性が崩れていった。そうした過去にA子とA太郎が向き合っていく姿は、漫画家であるA子が手掛ける作中作『部屋の少女』とリンクして描かれる。

A君は序盤では偏屈な人間として描かれている部分が大きかったが、物語が進むにつれ人間臭さを露呈していき、次第にチャーミングな人物像が浮き彫りになっていく。物語の中心地である阿佐ヶ谷から離れた外国に住む彼は、距離的にも心理的にもゲスト的な立ち位置で物語に参加していたが、第5巻終盤から第6巻にかけての彼の行動によって展開が一転し、作品の景色をガラッと変える重要な役割を果たす。その手前で読書が止まっている人にとって第5巻以降のA君は別人のように感じられるだろう。

ふたりの友だち、それぞれの機能


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