ふたりの友だち、それぞれの機能
物語の主軸は前述のようにA子・A太郎・A君の奇妙な三角関係なのだが、本作の大半はA子とその美大の同級生であるU子・K子の友人3人組の会話劇が画面を占める。U子・K子もまたそれぞれの恋愛に沈んだり浮ついたりしながらも、A子の優柔不断を時にふざけて茶化し、時に本気でせっつく。
U子は一番飄々としているようで人一倍恋愛に煩悶している。毒づいてばかりの自分と違って大らかな恋人・ヒロ君との価値観のズレに頭を抱えながらも、同時に言いようのない居心地のよさも感じている。第6巻ではそんな彼女を形成した“実家”の様子が描かれ、それによって彼女の人物描写の意味性が一転するのがある種のギミック的な機能を果たしていると言える。
K子は輪の中では数少ない“ちゃんとした”大人であり、もっぱら“ちゃんとしていない”まわりの友人たちに苦言を呈する役割を担う。一方で彼女自身も恋愛面で決してうまくいっているとは言えず、“ちゃんとした”大人であるがゆえのままならなさを表現する役割はいつも彼女が担っている。第6巻ではそんな彼女の恋愛やキャリア、また芸術というものに対するスタンスが深く掘り下げられ、“美大卒のちゃんとした大人”のリアリティに共感&悶絶した読者も少なくないだろう。
I子がシナリオにもたらす有用性
ただ、評者がこの作品を語る上で格別の重要性を感じているキャラクターはU子でもK子でもない。I子だ。
I子はU子・K子ほど物語の画面への出席率が高くないが、物語への貢献度は非常に大きい。彼女もまたA子・U子・K子と美大の同級生ではあるが、毛色はだいぶ違う。閉じたコミュニティの“姫”的な気質をそのままに大人になった人物であり、A太郎に10年来の恋心を抱く。彼女にとってA子は恋敵であり、また苦手意識を隠せないほどに相容れない相手である。この苦手意識を抱く箇所が非常にピンポイントで、A子の人物描写の解像度を上げる上で大きなアシストを果たしている。
またI子は恋愛への積極性の反面、美術についてはモチベーションが低く、美術系の仕事に就き着実にキャリアを重ねるK子ともまた正反対の人物である。しかし大学入学以前からの腐れ縁があり、不思議と定期的にふたりで会う仲。このふたりが罵り合いながらもつるむことをやめずにいることが、本作に展開の幅の豊かさをもたらしているように思う。
第2巻での“無意味な女子会”のくだりは、K子がA子・I子の双方と関係性を保持しているからこそ実現した展開であり、種類の違う人間同士の衝突が不思議なゆかしさを生み、それぞれの人間臭さがかわいらしく表れている。読者の中には同じような“謎の会”に心当たりがあるという人もいるだろう。
ずるい後出し
巷でこの作品について言及されるのを見聞きしていると、共感性の高さにフォーカスされたコメントが多いように思うが、本稿ではシナリオライティングの巧みさにも触れておきたい。特に第4巻におけるI子の奔走は白眉。時間軸をあえて飛ばして順序を入れ替えたり、後から巻き戻して同時進行していた別の場所での物語を回収したりといったテクニカルな演出で、読者の集中力を途切れさせず惹きつける。クエンティン・タランティーノや、邦画でいえば内田けんじが多用する技術がマンガのフォーマットに最適化され、心地よく読み進めさせる。
U子の“実家”の件もそうだが、時間軸をさかのぼって後出しでキャラクターの深みを知らしめ、印象を変容させる仕掛けは随所に散りばめられている。特に最新第6巻ではこれまで水面下で同時進行、というか“同時停滞”してきた物語が一気に具体化し始める。さまざまな“先送りにされてきた決断”の解が多発的に示され、これまでゆるやかだった物語が一気に加速、それぞれのキャラクターの語られてこなかったバックボーンが次々つまびらかになっていく。
A君が来日し、A子との関係性についてひとつの決断を下すことを皮切りに、U子・K子・I子それぞれが節目を迎え、じわじわと訪れていた変化の兆しが明確な形に結実する。彼女らの物語はモラトリアムの延長線に見立てられた中央線から田園都市線へ、あるいはもっと遠くへ乗り入れるか。A子はまた少し状況が違っていて、次のステップを踏む前に原点に立ち戻る。今はまだその最中で、彼女の解はおそらく次の第7巻で示されるだろう。
前述のように、それぞれのキャラクターの思考や嗜好の基となるバックボーンが後になって明かされることが多いため、読み返すたびにすくい取って知覚できる機微が少しずつ増え、解像度が上がっていく。特にU子に関しては、恋愛にしろ芸術との向き合い方にしろ、すべてを知ってから読み返すと驚くほど一貫した人物像を感じ取れるはず。「そういうことね」とか「だからか」とか、そういった類のひとり言が漏れ出た読者は少なくないんじゃないだろうか。本作は、繰り返し読んで味わう楽しみ方にまたとなく最適な作品と言える。
近藤聡乃『A子さんの恋人 <第6巻>』
2020年3月14日発売 660円(税別) KADOKAWA