ただの80年代オマージュではない。ヴェイパーウェイヴが市民権を得た理由

2020.1.15
サカナクション「忘れられないの」

文=荻原 梓


今やディスクガイドが何冊も発売されるなど、市民権を得た感があるヴェイパーウェイヴ。だけど2010年代の初頭に注目され始めたころには、世界中のベッドルーマーたちにとって、それは単なる音楽のいちジャンルではなかった……。
80年代の要素満載のサカナクション「忘れられないの」MVから思い起こされる”忘れられない”体験とは――?

※本記事は、2019年8月23日に発売された『クイック・ジャパン』本誌vol.145掲載のコラムを転載したものです。


8センチシングルからヴェイパーウェイヴを追憶する

ヴェイパーウェイヴという音楽ジャンルに出会ったころのえも言われぬ興奮は今でも覚えている。それはその後の自分を蝕む悪夢のような体験でもあった。

無駄に繰り返されるTVCMのループや企業広告を模したCGによるMV、サウンドはぐにゃぐにゃに伸ばされた過去の音源で、文字化け風のタイトルを施して作品としてネット上で公開する。

そんなものが量産されているその現象に私はたまらない興奮を覚えた。まるでコンピューターのゴミ箱に捨てられたデータたちがゾンビのごとく這い出てきたかのように、その作品は我々に襲いかかってきたのである。

最初は定義すらあいまいであった。が、自由にタグづけできるシステムゆえ、世界中の誰か(おそらくは自分と同じように興奮している者たち)によって日夜投稿され続け、定義は膨れ上がっていく。そのリアルタイム性も気持ち良かった。

そうしているうちに世の中のあらゆる物事にヴェイパーウェイヴを連想するようになった。街中で出会う広告、さびれた看板、ネオン、ウィンドウズのロゴ……そんな風に現実世界まで侵食し、悪夢のように自分に憑き纏うこととなったのだ。

今ではディスクガイド本も発行され広く認知されはじめているこのジャンル。最近はカセットテープで発売されたり、なかにはMDまでも登場しているようだ。自分も喜んでフロッピーディスクを買った思い出がある。

そんなことがあったので、サカナクション「忘れられないの」のMVには思うものがあった。

サカナクション「忘れられないの」

このMV自体は荻野目洋子のバブリーダンスにも通じるような大衆向けの80年代オマージュ感覚だろうが、当時を彷彿とさせるファッションや、4:3のアスペクト比(画質を144pに設定するとなおよい)などあまりにもクオリティが高い。懐かしい8センチシングルとして限定販売されるらしく、実はちょっと欲しかったりする。

しかし、似たようなことをしていながらもヴェイパーウェイヴにはあって、「忘れられないの」にはない独特の興奮というのはある。

あのとき、世界中のベッドルーマーたちがヴェイパーウェイヴでつながっていた。自由参加で敷居の低いこのジャンルを介して、一種のコミュニケーションが繰り広げられていた。そして最も重要なのがユーザー主導のムーブメントであったこと。そんな気がしている。

圧倒的な完成度のMVを見て、あのころの”忘れられない”体験がふいに呼び戻されたのだった。


サカナクション「忘れられないの/モス」
1,296円(税込)(VIDL-30565)レーベル:NF Records




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荻原 梓

(おぎわら・あずさ)日本の音楽を追いつづける88年生まれのライター。『クイック・ジャパン』、『リアルサウンド』、『ライブドアニュース』、『オトトイ』、『ケティック』などで記事を執筆。

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