ホームレスは「可哀想」?大晦日に“日雇い労働者の町”で抱いた違和感
音楽アーティスト・xiangyu(シャンユー)が横浜のドヤ街・寿町へ通い、執筆したノンフィクションルポエッセイ集『ときどき寿』(小学館)が2022年11月に発売された。
横浜の寿町には、日雇い労働者が多く暮らしている。6年前の夏に寿町を訪れたxiangyuは、この町に住み続けて60年近くになる“ヤマさん”と知り合い、炊き出しに参加しながら交流を深め、彼の生き方に感銘を受けていく──。
本書の発売を記念して、同書に掲載されているエッセイの一部を特別に公開する。
ファック!
大晦日。今年最後の炊き出しに参加した。準備をしていると「そんなんいいから、おれんとこ寄ってけよー」と、着いた早々、ヤマさんに声をかけられた。えー炊き出しの準備したいんだけど…と思いつつ、歩いてすぐの所にあるヤマさんの部屋に連れて行かれた。テレビをつけ、ふたりでなぜか「逃げ恥」の年末年始の全話一挙再放送を見ていると、ヤマさんが言った。
「おっかしいなぁ、ニューイヤー駅伝今日やるはずなんだけどよぉ。やってねぇじゃねぇか」
朝コンビニで買ってきたらしい新聞のテレビ欄を見ながら文句を言う。そりゃそうだ。今日は12月31日。ニューイヤーは明日だ。ヤマさんは新聞や「ザテレビジョン」などの情報誌を買うのが日課らしく、部屋の至る所に転がっている。乱雑に置かれたそれらに手を伸ばしてパラパラとめくってみると、所々に落書きのようなものがある。
「何これ? どうしたの?」
「あぁ、暇だったから塗って遊んだんだよ。塗り絵だ」
落書きかと思ったそれは、ヤマさん曰く“塗り絵”らしい。雑誌の中の白抜き文字や、文字と文字のわずかな隙間を埋めるかのようにボールペンで黒く塗られている。街でよく見る選挙ポスターの落書きのような、人の顔に何か書くということは一切なく、むしろ芸能人の顔部分は避け、きれいにその脇を黒く塗りつぶしているあたり、丁寧な性格がうかがえる。確かに落書きじゃない、塗り絵だ。部屋に置かれたほとんどの雑誌に“塗り”が施されているので、少々狂気じみている気もするが、きっとこの遊びが好きなんだろう。でも黒一色だとぎょっとする仕上がりなので、今度は色ペンでもプレゼントしたい。そんなことを思っていると、いつものようにヤマさんは自分が食べるために買ってきたパンやお茶を私に手渡してきた。
「大丈夫、いらないよ」と言っても聞く耳を持たずに決まってこう言う。
「おれ、一度あげたもんは、もういらねぇんだ」
冷蔵庫の中身がパンパンで食べる物に困らないことを自慢してくる。
「卵なんて20個もあるんだよな。でもよぉ、賞味期限がもうすぐだから急いで食わなきゃなんだよな」
生活保護費が入ったらまず食料を買い込むのがヤマさんスタイル。もうちょっと考えて買ったらいいのに…。
ヤマさんと公園に戻って炊き出しの準備の続き。ストーブの置かれた暖かいテントの中で休憩していると、子供達がわらわらと入ってきた。見たことがある顔ぶれ。夏祭りのときにもいた子供達。みんなこの辺りに住んでいるみたいだ。
小学生と、まだ4歳くらいの女の子ふたりが「何歳?」と聞いてきたので「23歳だよ」と答えると、近くにいた中1くらいの男子が「ババア! ブース! ファック!」と言ってきた。「はいはい」と答えるけど、心の中では「うっせー黙れ! まず23歳はババアじゃねえ!」とイラッとしたが、大人げないからそんなことは言わない。
女の子達から質問攻めにあっている間、背中にはちっちゃい男の子が乗っかってきて、私を叩く。まるで保育士さんみたいになってるけれど、普通に重いし、髪の毛も痛いからやめてくれ。
女の子達はテント内にあるお菓子をいっぱい持ってきてくれるけど、それさっき支援団体の加藤さんに「ひとり1個しか食べちゃダメ」って言われたばっかのやつ。もらった後でこっそり返した。
子供達はテント内で大騒ぎして散らかすし、ヤマさんはうるさいのがいやみたいで、イライラして出て行った。加藤さんが子供達に「ちゃんと片付けていきなさい!」と言っても、男子は言うことを聞かずにそのまま出て行こうとする。暴言を吐きながら出て行く男子に「片付けていきなさいよー!」と言うと、また「うっせーババア! ファック!」と言ってきた。きっと彼の口癖はファックだ。意味は大してわかってないだろう。
近くにいた女の子達に、「一緒に片付けようねー」と言うと片付けてくれた。けれど、テントを出ても私にべったりで、ずっと抱っこしたり話し相手になったりしなくてはならず、ちょっともう離してくれ…と思いつつ、相手をしていた。でも小学生くらいの子ってこんなに人にべったりだったっけ? 考えてみると、私はこんなじゃなかったかも。
ここにいる子供達は、見た目はクラスにひとりはいたやんちゃっぽい子が多いのだが、中身はみんな無邪気でいい子。前に加藤さんに、この町の子供達は、学校では「寿から来た子だから」と仲間外れにされて、「もう行かねーよ」と不登校になったり悪いほうに走っちゃうこともあると聞いた。もしかすると、私にべったりだった子達も、暴言を吐いてきた子も、単に誰かにかまってほしいだけなのかもしれない。
その後、配食では子供達も手伝ってくれた。ボランティアの古川さん曰く、子供達が炊き出しに参加しているのは初めて見たそうだ。ヤマさんは気に入らないみたいだけど、私は良いことだと思った。子供達の居場所、ちょっとでも増えたらいいなと思う。私自身が幼いときから今でも、居場所づくりに苦戦しまくっているから、余計にそう思った。
古川さんに「アユミさんすごいね! これからの寿をよろしくね!」と言われたが、もう20年くらいボランティアで寿と関わっている古川さんがまずは色々頑張ってほしいし、私は寿と密接に関わりたいと思いつつ、付かず離れずのいい距離感を保ちたいんだけど…と、急にクールモードに入ってしまった。何事もひとつの側面しか見ないのは禁物。「色々見ろ」は常に心がけていること。
炊き出しで箸を配っていると、高級ブランドのコートを着た政治家と、しっかりメイクのジャーナリスト風の女がやって来た。毎年手伝いに来ているらしいがどうも胡散臭い。どうせ票稼ぎだろと思ってしまう。ヤマさんが「どうせ票稼ぎだ!」と耳打ちしてきた。以心伝心! 一方、古川さんは良い評価をしていた。古川さん、なんかふわっとしてるんだよな。そのうち変な壺とか買わされそう。気をつけてほしい。同じくボランティアの上原さんはたまによくわからないイジり方をしてくるし、「昔色々あったと言っていたけどボランティアに来ていてえらいね」みたいな扱いをするから最近苦手だ。昔とか関係なくない? そもそも私は自分のことを可哀想だと思っていない。古川さんと上原さん、ちょっとホームレスやドヤ街の人達のことも可哀想だと思っている節がある気がする。
ヤマさんが帰り道、「なんかあったらいやだから」と石川町駅まで送ってくれた。今まで付き合ってきた元彼の中でも、そんないい男いない。私があと40歳老けてたら、もしくはヤマさんがあと40歳若かったら好きになってたかもな。
帰りの電車の中で急に加藤さんの言葉を思い出す。
「寿に来るのはいいけど、寿だけにならないように」
これには共感する。寿だけが全てではなくて、ここは日本の、神奈川県の、横浜の、ある町の一部だ。社会のさまざまな問題も、決してここにあるような労働のこと、生活保護のことだけではない。社会はそれぞれの問題が独立して起きているわけではなくて、全てがつながっている。寿だけで考えずに、他のことも同時に考えることが結果、もっと寿を考えることにつながるんじゃないかと思った。
※『ときどき寿』「ファック!」より
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『ときどき寿』(小学館)
著者:xiangyu
定価:1,540円(税込)
発売日:2022年11月25日6年前の夏、寿町の夏祭りに誘われて会場の公園に着くと、どこからともなく杖をついたひとりの爺さんがやってきた──。音楽アーティスト・xiangyuが横浜のドヤ街・寿町へ通い、執筆したノンフィクションルポエッセイ。
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