【デビュー10年】エビ中の「本当のすごさ」と、アイドル業界の課題

文=竹中夏海 編集=菅原史稀


最新のニュースから現代のアイドル事情を紐解く。振付師・竹中夏海氏がアイドル時事を分析する本連載。

今回は、2022年5月5日にメジャーデビュー10周年を迎えた私立恵比寿中学の魅力について、同グループの振り付けを担当してきた竹中氏が綴る。

アイドル戦国時代夜明け前に考えた「これから始動するアイドルの先生になれないか」

私立恵比寿中学の振り付けを初担当したのは2019年末のこと。でも私にとってエビ中は、そのずっとずっと前から、同じ地元の隣の中学のような存在だった。

メジャーデビュー10周年記念日にリリースされた「青春ゾンビィィズ」

今回のテーマは「メジャーデビュー10周年を迎えた私立恵比寿中学」なのに、僭越ながら少々自分語りをさせてほしい。振付師志望だった当時、大学を出たばかりの私が「もしかしてアイドルの振り付けっておもしろいんじゃないか」と思ったのは、2008年が明けてすぐのことだった。

とはいえその業界にコネクションも何もない。体育大のダンス科出身だったとはいえ、当時ダンス界とアイドル界は今よりずっと接点がなかった。となれば一般的には有名な先生に弟子入りするのが筋なのだが、残念ながら私は振り付けを素早く覚える才能がまるでない。アシスタントは単なる見習いではなく秘書のように、振付師とはまた別の能力が必要だと心得ていたので、その方法は早々に諦めた。

今でこそ、2010年代はアイドル戦国時代として語り草になっているが、2008年当時はまだその夜明け前。私のアンテナでキャッチできたのは、モーニング娘。率いるハロー!プロジェクトと軌道に乗りかけのAKB48、深夜にレギュラー番組を持っているアイドリング‼︎!くらいだった。すでに活躍しているグループに私のような者が入り込む隙はないだろうと悟り、考えたのは「これから始動するアイドルの先生になれないか」だった。

新興勢力・ももクロの妹分として生まれたエビ中

そうして1年後に「みんなで作るアイドルプロジェクト・ぱすぽ(仮)(のちのPASSPO☆)」に辿り着き、飛び込みでダンスレッスンを担当することになったのだが、ちょうどそのころから先述のグループとは別に、新たなアイドルの名を耳にするようになった。ももいろクローバー(のちのももいろクローバーZ)である。
新興勢力として着実に力をつけていく彼女たちには次々と妹分が生まれ、「私立恵比寿中学」と「みにちあ☆ベアーズ」は対バン形式のイベントで目にする機会も増えた。

※筆者注:みにちあ☆ベアーズ 2009年結成、2014年解散。女子小中学生によって構成されたジュニアアイドルグループで、のちの私立恵比寿中学のメンバーも数多く在籍していた。

ももクロは、歌唱力こそ当初は本人たちが自虐することもあったが、ダンスだけ見れば新体操、クラシックバレエ、ストリートダンス、ジャズダンスなど経験者も多く、私から見ればじゅうぶんエリート集団だった。日本人のダンス人口はこの10年で飛躍的に上がっているので、12年前でひとつのグループにこれだけのメンバーが集まっているのはかなり珍しかったのだ。

2011年リリース「もっと走れっ!!」

それに対しエビ中は、初期の活動イメージを「King of 学芸会」とし、楽曲や演出のユニークさなどの評判はよく耳にするものの、パフォーマンスに関しては(たとえばももクロの「全力」「汗だく」といったキャッチーなワードのように)具体的に言語化できる人が身近にはあまりいなかった。
とはいえ、私のまわりもファンは非常に多く、推しポイントを聞くと「なーんだろうね。でも、いいんだよねぇ……」と、皆一様にざっくりしていた。

2019年に振り付けを担当して覆された「King of 学芸会」のイメージ

時を経て、私はエビ中の振り付けを担当させてもらうことになる。最初に依頼があったのは、2019年12月18日に発売された彼女たちの6thアルバム『playlist』に収録されている「オメカシ・フィーバー」。この楽曲自体は楽しくライブ映えしそうなもので、すぐにメンバーが踊る姿が想像できたのだが、ほかの曲を聴いて腰を抜かすことになる。「え、エビ中って今こんな難しい曲をこんなにかっこよく歌うの……?」。

「オメカシ・フィーバー」

そのときの私は、失礼ながらまだどこかで「えびぞりダイアモンド‼︎」(2010)や「仮契約のシンデレラ」(2012)から、彼女たちのイメージを更新できていなかったのだと思う。あるいは「感情電車」(2017)のように、どちらかといえば牧歌的な印象を抱いていた。しかしそんなイメージは、前述のアルバムで一気に覆されたのだ。「愛のレンタル」(『playlist』収録曲)なんて、リピートで何回聴いただろう……。

やや経ってから「SHAKE! SHAKE!」(『playlist』収録曲)の振り付けも担当することになったのだが、そのころにはアルバムを聴き込んでいたので、振り入れ時にうっかり緊張しそうになったほど。

そしてちょうどこの2曲の振り付けを完成させる間に、世界は変わってしまった。新型コロナウイルスの影響で興行はおろか、生活もままならない。実際、2019年末発売のアルバム収録曲「SHAKE! SHAKE!」のライブ初披露は、翌年8月のオンラインライブとなってしまった。ファンの方々がライブに来られるようになっても、しばらく会場で声を出すことはできないだろうと見越して、振り付けにクラップをたくさん入れた。せめてこういう部分では一体感を感じられるように、と祈りも込めた。

 
 
 
 
 
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エビ中最大の強みは、アイドル界トップクラスの「演技力」

アイドルは、本当に過酷な仕事だと思う。最新アルバム『私立恵比寿中学』に収録されている「トキメキ的週末論」を含めると、私が担当させていただいた振り付けは3曲。しかしこの間に、メンバー構成の変動に対応するための振り直しは何度も行われている。フォーメーションだけでなく、歌割り、立ち位置番号、時には振り付けそのものが変わることもある。一度体で記憶したものをアップデートするのは、新しい振り付けを覚えるよりも大変だというアイドルは多い。

実際に彼女たちを担当してみて、パフォーマンスの一番の強みはなんなのかを考える。あくまで個人的な見解だが、それは「演技力」だと思う。アイドルを何百人も見てきても、これに関して彼女たちはトップクラスだと断言できる。エビ中は芝居が巧い。コントが上手い。どうしたらコミカルに見えるか、どんな間合いがクスッと笑えるか、その塩梅を自然に心得ていると思う。

ベストアルバム『「中辛」~エビ中のワクワクベスト~』収録曲

初期メンバーのほとんどはダンス未経験者。そのため基礎が入っているのはひなちゃん(柏木ひなた)くらいなのだが、表現力が技術を圧倒的に追い越している。技術のあるダンサーでも表現がなかなか身につかず苦労するものなのに、そこが逆転しているのだ。アイドル界でダンスの基礎がしっかりできているパフォーマンス軍団といえばハロー!プロジェクトの面々だが、そんな彼女たちが、2020年3月放送の音楽番組『Love music』(フジテレビ)にて「ハロプロ以外の最強のアイドル」の1位に選んでいるのが、エビ中なのである。

メンバーの人間性に考えさせられる、アイドル業界の課題とは

ここで、一人ひとりのパフォーマンスの魅力について触れてみたいと思う。

真山りか。「表現力が技術を追い越す」の最たるものではないだろうか。ダンスで目立つポジションを任せると「そんな重要なところを委ねないでくれよ」と言わんばかりに自信なさげにしているのだが、ユニークな表現が似合うのでついつい引っ張り出してしまう。

安本彩花。昔はほわんとしたイメージだったのに、いつからこんなに格好いい表現ができるようになったのだろう。何を踊らせても力強く表現してくれるという信頼感がある。あと初めて会ったとき、魂が崇高でユニコーンとかペガサスみたいな人だと思った。

星名美怜。読んで字の如く、動くたびに「キラッ☆」とか「シャラン☆」と星がこぼれ落ちそう。肩が内に入ったり、首を傾げたりするクセがそうさせているのだと思う。あと、真山ちゃんとシンメだと(私が)うれしいのですぐ並べてしまう。『セーラームーン』でいうところのウラネプポジである。

柏木ひなた。歌もうまけりゃダンスも抜群なのだが、なんたって表情がいい。顔面で踊れるタイプ。不思議と「ここはこうしてほしいな」と振りを作ってる段階で想定していることを、ほとんど言葉にせずともやってくれる。あらゆる勘がいいのだと思う。

小林歌穂。タイプとしては彩花ちゃんに少し近く、体幹がしっかりしていて動きにブレがない。誠実な人柄が滲み出るように、振り付けを正しく踊ろうとしてくれる。同期の莉子ちゃん含め、このふたりを新メンバーに選んだエビ中運営陣すごいなといつも感心してしまう。

中山莉子。振り入れ時よりもライブを観てよりはっきりと魅力が伝わった。めちゃくちゃ本気なのだ。本気じゃないメンバーなんていないのだけど、莉子ちゃんは殺気立つほどに本気(マジ)なのだ。なのになぜか大きい赤ちゃんが歌って踊ってるように見えるのが奇跡。

桜木心菜。いわゆる「ホープ加入!」「新星現る!」だと思うのだが、本人は「ただ踊るのが好きなんだよ!!」とでもいうようなダンスがいい。動きや見せ方が打算的じゃないから目が行くのだと思う。レッスン中も「お、今のいいな。誰だ?」と思うとここちゃん、なことが多い。

小久保柚乃。(私が勝手に)「国民的・近所の子」と呼んでいる柚乃ちゃん。同期の中ではダンスに少し自信がないのかな?と感じさせる節があるものの、勘は悪くないので実は全然遅れを取っていない。すぐにうまくなりそうなので、どうか等身大な魅力はそのままで。

風見和香。実は一番のダークホースじゃないかと思っているののちゃん。踊れば踊るほど疲れるどころか、どんどん楽しくなる!!!みたいなゾーンに入れるタイプ。覚醒前夜のような胸騒ぎを感じる。

『SHIRITSU EBISU CHUGAKU DAIGAKUGEIKAI2021~REBOOT~』より

そしてエビ中のもうひとつの魅力。それは、10年選手と思えないほど、みんなの感覚がフレッシュなところである。

女性アイドル界では5年を超えれば、もうそこそこのベテラン扱いをされる。エビ中は途中加入も多いとはいえ、新メンバーの3人以外は全員8年以上活動している。ところが、何度会っても「1年目?」と思うほど当たり前にひたむきで前のめりな子ばかりなのだ。これがどれだけすごいことなのか、どうしたら伝わるだろう。

振り入れ中、私がパッと思い出せないフレーズをさりげなく歌穂ちゃんが歌ってくれること。新メンバーに教え直している振り付けを、背後で莉子ちゃんが密かに一緒に復習していること。無茶なフォーメーション移動を要求したときに「こういうふうにしたらできそうなのでこうしてもいいですか?」と提案してくれるひなちゃんの言葉遣いがとても丁寧なこと。ごはん休憩のときに美怜ちゃんが先回りしてスタッフさんに確認を取り、「先生たちもお弁当食べてくださいね」と気遣ってくれること。

人間性の高さが出る部分があまりにもさりげない。いつかのエビ中ファンの友人たちの言葉を思い出す。「なーんだろうね。でも、いいんだよねぇ……」

こういうことか。本当はみんなが当たり前にできないといけない、でも時が経てばどんどん忘れていくものを持ちつづけているのが彼女たちなのだ。

先日、世界的アイドルグループのメンバーが「アイドルというシステム自体が人を成熟させない気がする」と涙ながらに吐露し、業界の構造に一石を投じた。返す言葉もない。そのとおりだと思う。

だけど、エビ中メンバーと仕事をするたび、私はある意味で完成された人たちに触れた気持ちになる。「アイドルを取り囲むスタッフは教育者であるべき」がポリシーだが、彼女たちからはいつも教わることばかりなのだ。

アイドルの多くは、アイドルでなくなったあとの人生のほうがずっと長い。その時を迎えても、どこでもやっていける人間性を身につけさせることが、アイドル業界の当面の課題ではないだろうか。

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