「勝手にナチス大安売り」の真の効用について「ロシアの対独戦勝記念日イベント」から考える(マライ・メントライン)
各国が注視した5月9日「ロシア対独戦勝記念日」。ウクライナ侵攻をつづけるロシアの大義とは?「ナチス打倒と愛国心の称揚を連呼しながら、そもそも新たな要素は何も打ち出さずに終わった印象」ではあるものの、ロシア政府の「気に入らないヤツを勝手にナチ認定」路線にどう対峙すべきなのか、し得るのか。日本在住ドイツ人、マライ・メントラインが考える。
おそるべし大英帝国の情報戦術!
ワールドワイドに超注目のなかで行われた5月9日のロシア対独戦勝記念日イベント、他人をナチ認定しておけば自分は何をやってもオッケーという方法論の真価が問われた場でもありましたが、イジワル叡智大国であるイギリスが事前に
「次にお前は【宣戦布告】をするッ!!!!」
と見事な先制攻撃をジョジョばりにキメていたため、その予告が当たっていたにしろハッタリだったにしろ、ロシア政府としては何か「それと違う」しかも「上回る」ネタを宣言しないとまずい立場に自動的に追い込まれていたのです。出す宣言が違った上で微妙にしょぼい内容だったら、逃げた逃げたと嘲笑されかねない。「体面を気にする」という相手の性質を踏まえた上でのこの仕打ち、おそるべし大英帝国の情報戦術! いやらし過ぎるぞ。
というわけで、しっかり事前否定はしてました。
で、怒らせすぎてブチキレて西側に対する全面核攻撃やります。これでどうよとか当日いきなり吼えてきたらどうすんだ? という懸念も一部でささやかれていましたが、結果的にそれは無かったですね。実際にはナチス打倒と愛国心の称揚を連呼しながら、そもそも新たな要素は何も打ち出さずに終わった印象があります。ただ、「ソ連」による対独戦勝利の功績を「ロシア」が独占しているっぽい絵面は変だよな、という感触はこれまで以上に強まりました。確かに最大規模を誇るとはいえ、ソ連の継承国家はロシアだけではないわけで。
ちなみに「対独戦勝記念イベント鑑賞後」の大英帝国的インプレは以下のとおりで、プーチンにとって最も突かれたくない箇所のひとつを的確に痛打しているっぽい点が印象的です。
西側的な正論を力説してもたぶん意味ない
さて、しかし。先述した英国の外交的イジワル攻撃が炸裂したり、
・ロシア政府は短期決戦の当てが外れて苦しんでいる!
・ロシアにはもう戦線を維持するカネがない!
・ロシア軍は内情がグダグダで士気も低く青息吐息だ!
……とロシア不利の話題がいろいろ伝えられるわりに、西側諸国とその知性は、けっこうここまでロシア側の「異常識」感に振り回されてきた印象があります。「え?まさか攻め込まないでしょ今」はその最たるものだったわけですが、それって要するに、ロシア政府やロシア軍の行動基準に西欧的な感覚を当てはめ過ぎて考えていたからだと思うのです。さらにいえば、今実際に展開されているロシアの公的挙動のあれこれを、もし事前予測していろいろと直接的に表現したならば、
「それ、ロシア人を見下し過ぎだろ。文化的偏見だ!」
とポリコレ的な観点からツッコミが入って面倒なことになった可能性が小さくない。なので、優れたロシア研究者(特に社会・政治・軍事領域の)というのは、そのへんのビミョーさを感覚的に熟知した上で、西側常識的に納得可能なロジックを「あくまで説明のために」援用する知的マジックを駆使しているのです。そうしないと仕方ない現実があるわけで、しかしなんという隔靴掻痒感。このへんをどう上手く捌くかというのは、今後の国際社会を泳ぎ切るための知的スキルとして重要でしょう。国も企業も人も、です。たとえば中国とどう付き合っていくのかというテーマなどは、これと無縁でありません。
だからですね、ロシア政府が展開している「気に入らないヤツを勝手にナチ認定」のナチス大安売り政策に対し、「ナチスというのはそもそも国家社会主義(最近は「国民社会主義」という表現を好む研究者もいるが私は敢えて語感を重視したい)のことであり、プーチン政権が標榜しているのとは(以下略)」とか、西側的な正論を力説してもたぶん意味ないし、現実に追いつけないのです。残念ながら。
さらにまずいと感じられるのが、ロシア政府がウクライナの「ナチ性」糾弾の根拠としている準軍事組織「アゾフ連隊」(詳細は過去記事「ウクライナがナチってどういうことよ?」参照)について、「昔は極右だったが今はマトモになりました」的な紹介をするマスコミ報道が少なからず見られる点です。ロシア非難の勢い余ってのことでしょうけど、アゾフ連隊って、あれはあれで今なおいろいろとヤバい存在だと思います。対ロシア戦の象徴っぽく見えるからといって、やたらに美化してはいけません。
世界認識の単純化で無敵モードに
開戦から2カ月半ほど経過して気になることのひとつに、上記のような、報道や世間的見解の硬直化・単純化があります。専門家の皆様の真摯な知的頑張りをよそに、何かの劣化が全体思考を蝕んできているような。
そういった情報空間からは、この戦争の向こうに何があるのか、イメージがまるで見えてこない。そこが不満であり歯がゆいです。
たとえばSNSで、もともとロシアと大して縁があるわけでもなさそうなのに親プーチン的な主張を拡散するアカウントを見てみると、けっこうな割合で「親トランプ、反ワクチン、反既存権威、反マスコミ」の主張とセットだったりします。各要素、それぞれ単独では別にどうということもないけれど、特にぜんぶそろっている場合はカルト性との親和感が濃厚です。その要素間のネタ循環だけで世界構造をひととおり説明できるんですけどっぽさがハンパない。世界認識の単純化で無敵モードに至ってしまったケースですね。
とはいえ、こういう層を信者というか絶対的な顧客として一定量確保できれば、胴元としては外部から何を言われてもへっちゃら状態で、内輪の盛り上がりだけでしばらくはやっていけるんじゃないか。プーチン政権の最後の奥の手は、実はそういう部分にあるのではないか。
深謀遠慮の時代が来ている
これは、以前の記事(「東京五輪を巡る現実の分裂」)でトランプイズムの底力の正体として提示した「巨大なオレ市場の構築」主義の話と同じコンセプトですが、それを企業の販促や選挙戦のネタではなく、国家運営の動力源として使うのか! という点に言いしれぬ強烈さがあります。ちょっと荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、以前にも触れたロシア社会の行き詰まりの深刻さ、将来的な産業的展望の暗さを踏まえて考えると、その打開策(というか延命策)として「社会のカルト組織化」というのは、外部の目を気にしないという前提つきながら、少なくとも内政ではそれなりに有効という気がしないでもない。持続性と根本的な辻褄に大きな問題はあるけれど……。
であれば、客観的に見て失笑ものでしかない「勝手にナチス大安売り」の振る舞いも、在外ロシア人の多くを悩ませる「ロシア在住ロシア人の妙な頑固さ」も、あのエフゲニー・プルシェンコが「愛国スケート大会」をガンガン開催して平然としていられるのも、すべてがある種の合理性のもとに納得可能なつながりを見せるのです。そう、肯定したくはないけど、このエンジンは回りますよね?と聞かれて「いいえ」と言えばウソになる。
それはまあ、一種の「大戦略」といえなくもない、かもしれない。
もちろん、カルト化が国家の行き詰まりにとってポジティブな真の打開策にならないのは確実で、いずれ破綻したときの「メンバー」たちの神経的反動は凄まじいものになるわけです。が、そういう要素も視野に入れながら、我々は「世界とどう付き合っていくか、利用するか」を考え、動きつづけていかねばならない。
従来の基準を超えた深謀遠慮の時代が来ている、といえる気もします。
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