『ドライブ・マイ・カー』が米アカデミー賞で快進撃。濱口竜介を紐解く3つのキーワードと「新しい監督像」
アメリカ最大の映画賞であるアカデミー賞の作品賞に、村上春樹原作、西島秀俊主演の『ドライブ・マイ・カー』がノミネートされた。これは日本映画の歴史では、まだ誰も成し遂げていなかった快挙だ。現地批評家の評価の高さを考えると、もしかしたら最優秀作品賞を受賞する可能性も……あるかもしれない(発表は日本時間3月28日)。
この映画を監督したのは、商業用長編映画としてはまだ2本目の濱口竜介。なぜここまで海外で評価されているのか。濱口監督作品のどんな点が愛されているのか。3つのキーワードと、原作者・村上春樹や海外からの評価といった観点から、“監督・濱口竜介”をビギナー向けにわかりやすく解説していく。
村上春樹も評価する『ドライブ・マイ・カー』のアレンジ
『ドライブ・マイ・カー』は、村上春樹の短編小説集『女のいない男たち』に収められた同名の短編が原作だ。この映画を一般客に紛れて小田原の映画館で観たという村上春樹は、感想をこう述べている。
「どこまでが僕が書いたもので、どこまでが映画の付け加えなのか境目が全然わからなくて。それが面白かった」(※1)
村上春樹がそう言うのも頷けるのは、映画『ドライブ・マイ・カー』が原作小説をかなりアレンジして再構成しているからだ。
原作では、舞台俳優である家福(かふく)が、数年前に妻を亡くしていることが最初に明かされる。そして家福は、生前に妻がほかの男性と体の関係にあったことを心のシコリとして残しており、その不倫相手のひとりであった高槻や、運転手のみさきと交流を重ねながら、亡き妻の深層に向き合っていく。
ごく簡単に説明すれば映画版には、原作の前日譚(妻が亡くなる前の様子)と後日譚が追加され、キャラクターそれぞれの背景に広がりがもたらされている。主人公の家福には西島秀俊、高槻には岡田将生、みさきには三浦透子がそれぞれ配役。同じ短編集に所収されている「シェラザード」「木野」といった小説のエッセンスも加えられながら、村上春樹の小説世界を逸脱しないままに深みが増している。
映画を観た村上は「どんどん筋や台詞を変えていってくれてるから観てて楽なんですよ」(※1)とも語った。ただ、これが村上春樹原作という色合いを強めるだけではなく、このアレンジによって濱口竜介監督の作家性も強く浮き彫りになっているのがおもしろい。
アカデミー賞作品賞にノミネートされるまでの道程
『ドライブ・マイ・カー』は昨年7月のカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したあと、特にアメリカの批評家から高い評価を受け、アカデミー賞の前哨戦ともいわれるゴールデングローブ賞やニューヨーク映画批評家協会賞、全米映画批評家協会賞などで作品賞をはじめ複数の賞を受賞することになる。
そして驚くことに、アカデミー賞において作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞の4部門にノミネート。アメリカでは最初、2館のみで公開されていた『ドライブ・マイ・カー』だったが、ノミネート発表後の2月初旬には300館を超える盛り上がりに。昨年ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞した『偶然と想像』(2021年)と共に、「ハマグチ」の名が世界的に注目されているのだ。
この快進撃はなぜ生まれたのか。ひとつには近年、アカデミー賞が人種やジェンダーなどにおいて多様性を重視していることが要因として考えられる。作品賞ノミネート10作品のうち、『ドライブ・マイ・カー』以外は英語圏の製作作品。『ドライブ・マイ・カー』という映画自体が、多国籍、多人種のキャスト・スタッフを起用していることも評価される点だろうが、そうした人種的多様性の観点からこの映画に白羽の矢が立ったのではないだろうか。
特に批評家からの絶賛が多く聞こえてくるけれど、『ドライブ・マイ・カー』は一級のエンタメとしても想像力を喚起する芸術作品としても、とにかく素晴らしい映画であることは強調したい。そんな作品を作った濱口竜介とはどんな映画監督なのだろう。『ドライブ・マイ・カー』は何が特別なのか?
※1:『BRUTUS No.949』マガジンハウス/2021年
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