豊崎由美の「極私的文芸2021年ベストテン」発表!「史上最強文芸軍団」は箱根駅伝・青学チームにも負けない

2022.1.8
豊崎由美ジャーナル

文=豊崎由美 編集=アライユキコ


豊崎由美の「極私的文芸2021年ベストテン作品」を発表します。「第98回東京箱根間往復大学駅伝」に見立てたベストテンに、日本、ブラジル、台湾、ポルトガル、ロシアなど世界各国から精鋭たちを集めました。青山学院大学チーム圧勝の感動を思い起こしながら、今読むべき優れた作家たちの圧倒的才能を詳細に伝える。まじめにキテレツな企画です。

第1走者から最終走者まで個性的な面々を

昨年はバカ強かった福岡ソフトバンクホークスのスタメンになぞらえて2020年の極私的文芸ベストテンを発表しましたが、今年見立ててみたいのはなんたって「第98回東京箱根間往復大学駅伝」で、2位の順天堂大学と10分51秒の差をつけ21世紀最大差の圧勝劇を飾った青山学院大学のチームでありましょう。

「個の糸紡いで、織り成せ!深緑の襷(たすき)」を合い言葉に2年ぶり6度目の総合優勝を果たした青学はエントリーメンバー全員が1万メートル28分台のタイムを持つ、原晋監督曰く「史上最強軍団」。しかーし、トヨザキが選ぶ極私的2021年ベストテン作品も負けてはおりません。第1走者から最終走者まで個性的な面々を揃えたつもりですので、読書生活の参考にしてくださったらうれしいです。

1区・日高トモキチ『レオノーラの卵』でスタート

『レオノーラの卵』日高トモキチ/光文社
『レオノーラの卵』日高トモキチ/光文社

スタートを切るのは日高トモキチの『レオノーラの卵』(光文社)。青学の第1走者・志貴勇斗選手は2年生にして今回が初めての駅伝だったわけですが、漫画家にして著述家にして身近な生き物研究家の日高さんにとってもまた、『レオノーラの卵』は初めての小説集なんです。
〈レオノーラの生んだ卵が男か女か賭けないか、と言い出したのは工場長の甥だった〉という蠱惑的な一文から滑り出すのが表題作です。集められたのはチェロ弾き、時計屋の首、やまね(本当の齧歯類のヤマネ)の3名。しかし、この賭け事の因縁は25年前、レオノーラの母が生んだ卵の物語にさかのぼることが、語り部〈僕〉の回想で明らかになっていき──。という不思議な物語を皮切りに、以降、奇想天外に加速がかかる全7篇が収録されているんです。個人的にとりわけ好きなのが以下の3篇。

かつて巨ハマグリ漁によって栄えたものの、今は見る影もないひなびた港湾都市モリタートで稼働している、無人の巨大作業船〈砂の船〉の謎に迫る「旅人と砂の船が寄る波止場」。
もう長い間動いていない〈アヌビスの環〉と呼ばれる黒い観覧車。その神官を名乗る女性のもとに届けられる記憶の断片たち。観覧車はなぜ動かなくなったのか、再び動くには何が必要なのかという謎に、『千夜一夜物語』とドビュッシーの楽曲『2つのアラベスク』を援用して迫る「回転の作用機序」。
大切な人やものをゴンドラで流す町を舞台にふたりの少女が伸びやかに活躍するシスターフッドものにして、ポスト・アポカリプスものでもある「ドナテルロ後夜祭」。
理系文系双方の博識と本歌取りの技巧によって生み出された世界は未知であるにもかかわらず、どこか郷愁を誘う空気をかもします。魅力的な謎を核にした7つのリドル・ストーリーが楽しめる小説集なのです。

花の2区は直木賞受賞作、佐藤究『テスカトリポカ』

『テスカトリポカ』佐藤究/KADOKAWA
『テスカトリポカ』佐藤究/KADOKAWA

各校のエース級が走ることで知られる花の2区を任せたいのは、第165回直木賞を受賞した佐藤究の『テスカトリポカ』(KADOKAWA)です。
2013年に勃発した、メキシコ北東部における二大麻薬カルテルの抗争。血で血を洗う凄まじい殺し合いの果てに、2015年、4兄弟のうちひとり生き残った三男のバルミロは国外へ脱出。ジャカルタで屋台のオーナーになり、裏では安い麻薬を客に売りさばき、虎視眈々と復活と復讐の時を狙う日々を送っていました。そこに客として訪れるようになったのが末永充嗣。元々は優秀な心臓血管外科医だったのですが、コカイン常習による運転ミスで少年を轢き殺し、逮捕から逃れるためにジャカルタへ。臓器売買のコーディネーターにまで身を落としていたんです。

そのふたりが手を組んで、非道なビッグビジネスを計画。バルミロは故郷で失った〈家族〉を再構築するため人材をスカウトし、スペイン語の呼び名を与え、忠実な部下に育てあげていきます。その最後の切り札ともいうべき存在が2メートルを超える巨漢の青年コシモだったのです。
祖母からアステカの神々の物語を刷り込まれ、敵対者や裏切り者の心臓を生きたまま取り出しては究極の神テスカトリポカに捧げる儀式を行うバルミロの物語。暴力団幹部の父親とメキシコ人の母親の間に生まれ、ネグレクトを受け、13歳で両親を殺して少年院に入所したコシモの物語。両者の運命を合流させる過程で、その他の登場人物の〈家族〉にならざるを得なかった半生も丁寧に描き、陰惨なシーンが頻出する物語全体にアステカ神話を響かせることで昏い聖性と文学性をまとわせる。

神に心臓を捧げる古代アステカの人身供犠と暗黒の臓器売買を呼応させることであぶり出される、金儲けのためなら何を犠牲にしてもかまわないという資本主義のダークサイドと暴力が生み出す闇と空虚。社会批評をも内在させた素晴らしいクライムノベルです。まさに、2021年の文芸界における花の2区(直木賞)を任せて間違いなしの力作にちがいありません。

第3走者には逸材・井戸川射子『ここはとても速い川』

『ここはとても速い川』井戸川射子/講談社
『ここはとても速い川』井戸川射子/講談社

青学の第3走者は1年生ながら一躍チームを1位に押し上げた太田蒼生選手。彼に相当する文芸界の逸材が井戸川射子です。井戸川さんは2019年に第一詩集『する、されるユートピア』で詩壇の芥川賞とも呼ばれる第24回中原中也賞を受賞。その後、文芸誌で小説も発表するようになって、昨年『ここはとても速い川』(講談社)で第43回野間文芸新人賞を受賞しています。

ひとつの家に定住せず、漫画喫茶や格安で泊まれるゲストハウスを渡り歩いて生活しているアドレスホッパーの女性を主人公にした小説第1作にあたる「膨張」と、児童養護施設に暮らす小学5年生の少年・集の日々を描いた表題作が収録されているんですが、とりわけ素晴らしいのが後者。
作中では理由がはっきりと描かれてはいませんが、もともと母子家庭だったのを母親にまで出ていかれてしまい、連絡が取れるたったひとりの肉親である祖母は入院していて退院のめどはついていません。そういう事情で、集は児童養護施設に入っているんです。

ひとつ年下の親友・ひじりや学校での仲のいい友だち、養護施設の先生や実習生との会話と交流を、主人公少年の視点で描いているのですが、その目や気持ちを通した情景や内面は、お涙ちょうだいや恨み辛み嫉みとは無縁な淡々と穏やかな声で描かれていきます。でも、その淡々と穏やかな声だからこそ、読み手は語り手の少年の心中を代弁したくなって、彼の代わりに悲しみを募らせていくことになるんです。
素晴らしい語りの才能を持った人だと思います。個人的には今村夏子の『こちらあみ子』を読んだ時と同じくらいの衝撃を受けました。昨年の芥川賞を『推し、燃ゆ』で受賞した宇佐見りんさんといい、見事な“声”の持ち主が次々と現れる日本の文芸界の未来は、青学同様明るいっ!

安定感の第4走者に、呉明益『雨の島』

『雨の島』呉明益/及川茜 訳/河出書房新社
『雨の島』呉明益/及川茜 訳/河出書房新社

その青学の第4走者が主将の飯田貴之選手。飯田さんは1年生から4年生までずっと駅伝に出場してきた安定感と力量満点の選手です。それに見合うのは、台湾の現代文学を代表する作家のひとり、呉明益の『雨の島』(河出書房新社)でありましょう。

『眠りの航路』『複眼人』『歩道橋の魔術師』『自転車泥棒』といった作品の中で見せてきた、失われてしまったものへの記憶と郷愁と検証、環境問題に対する深い理解と批判精神、過去と現在と未来を見晴るかす広い視野。『雨の島』はこれまでの呉作品の総決算といっていい短篇集になっているのです。
今、短篇と書きましたが、作者が「後記」でも記しているように、収録されている6篇は単独でも愉しめますが、長篇小説としても読める仕掛けがふたつ施されています。ひとつは、各篇の登場人物がゆるやかにつながっていくこと。もうひとつが架空のコンピュータウイルス〈クラウドの裂け目〉の存在です。
これは、感染したクラウドドライブのパスワードを解読し、ファイルの奥まで侵入してドライブの所有者の人間関係を解析することで、所有者に近しい誰かにドライブの〈鍵〉を送りつけるというウイルス。『雨の島』の登場人物らは今はもう会うことがかなわない大切な誰かの〈鍵〉を受け取り、彼/彼女の記憶を継承するかどうか悩んだり、思いきった行動に出たりする。その個人的な感情の揺れと、圧倒的な存在感をもって登場人物らを迎えたり拒んだりする自然の描写が重なって、6篇すべてが親密な空気をまとうネイチャーライティングとフィクションの混合体になっているんです。

個人的にとりわけ好きな1篇は、妻が無差別殺人事件の犠牲となって以来世捨て人のような生活を送っていた夫が、〈クラウドの裂け目〉によって妻の書きかけの小説を読んだことから、絶滅したとされているウンピョウを追い求める旅にいざなわれる「雲は高度二千メートルに」ですが、どの作品も自然描写が素晴らしいんです。各篇の誰が他の作品の誰とつながっているのかがわかった瞬間に広がり深まる読み心地がうれしいんです。速さを競う駅伝とはちがって、ゆっくり、ゆっくり読み進めていってほしい6篇なのです。

往路の山場、5区をまかせたい新人・川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直/河出書房新社
『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直/河出書房新社

往路の文字通り山場となるのが、ご存じ、最高地点874メートルの芦ノ湯を目指して長い長い坂道を駆け上がる第5区。ここを任されたのが1年生の若林宏樹選手です。強い向かい風が吹く中、区間3位の走りで1位のまま往路のゴールを切る大健闘を見せたこの新人に相当するのが、初めての小説『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(河出書房新社)を発表し、話題を呼んだ川本直です。

マッカーシズムによって同性愛が迫害されていた1950年代、ビート・ジェネレーションが席巻し、カウンターカルチャー華やかなりし60年代、ピンチョンらのポストモダン小説が一世を風靡した70年代。1925年に生を受け、米文学界がもっとも騒々しかった時代を、美しい女装とスキャンダラスな同性愛小説をもって颯爽と駆け抜けたのがジュリアン・バトラーだったんです。
名門男子寄宿学校で出会って以来、ジュリアンのパートナーとして生きてきた評論家のアンソニー・アンダーソン(本名ジョージ・ジョン)が、89歳にして書いた回想録を川本直が翻訳し、精妙な解説にあたる「あとがき」と膨大な参考文献名をつけたという“スタイル”の物語……そう、これは偽書の形をとったフィクションなんです。
自己顕示欲が強くて、派手なことが大好きなジュリアンの魅力。実在の有名人が綺羅星のごとく登場する物語の巻を措く能わずのおもしろさ。ジュリアンやジョージが書いた作品を小説内小説として紹介するメタフィクションとしての見事さ。書くとはどういうことなのか、作者とはいかなる存在を指すのかといった文学的な問いを投げかける仕掛け。同性愛文学としての正統性。読みどころをこれでもかとばかりに備えた、超ド級の傑作なんです。

憧れと失望、成功と挫折、愛と依存、光と闇に彩られたふたりの足跡に感情を揺さぶられながら読み進めていくうちに見えてくる、稀代のヒップスターの隠された真実とは──。作者の巧みな語り/騙りゆえに、400ページの山も若林選手のように一気に駆け上がれるはず。ジュリアンの数奇な生涯を堪能してください。

復路の一番手、第6走者は曲者・クラリッセ・リスペクトル『星の時』

『星の時』クラリッセ・リスペクトル/福嶋伸洋 訳/河出書房新社
『星の時』クラリッセ・リスペクトル/福嶋伸洋 訳/河出書房新社

いよいよ復路。その一番手となる第6走者には、曲者を用意いたしました。1977年に亡くなっているブラジルの作家クラリッセ・リスペクトルの『星の時』(河出書房新社)です。この小説の構造、実にこみ入っているんです。
まず登場するのがロドリーゴ・S・Mという名を持つ小説家の〈ぼく〉。彼によって語られるのは、ブラジル北東部に生まれ、2歳で両親と死別し、引き取ってくれた叔母から叩かれながら育ち、リオデジャネイロに移り住むも、叔母はすぐに死んでしまい、天涯孤独の身でスラム街に残された19歳のマカベーアです。

満足な教育を受けていない彼女の悲惨なエピソードの数々が、しょっちゅう物語に口出ししてくるロドリーゴの逡巡する語り口によって記されていくのですが、その特異な構造が示すのは小説がいかに生成されるのか、物語の享受者である読者が登場人物に対していかに残酷になれるのかということだったりするんです。実際、読んでいる最中、わたしは不幸を不幸と自覚できないほど、底辺の人生に慣れきっているマカベーアのエピソードに接し、幾度も声に出して笑ってしまいました。でも最後、ロドリーゴが彼女に与える運命を知った瞬間、無責任に笑っていた自分を恥じたんです。
小説を読むという行為が自己批評を生む。こんな読後感は、読書人生で初めてかもしれません。50年近く前の作品なのに斬新きわまりなし。トリッキーな小説が好きな方に熱烈推薦します。

区間1位の第7走者は、アンドルス・キヴィラフクの『蛇の言葉を話した男』

『蛇の言葉を話した男』アンドルス・キヴィラフク/関口涼子 訳/河出書房新社
『蛇の言葉を話した男』アンドルス・キヴィラフク/関口涼子 訳/河出書房新社

区間1位の素晴らしい走りを見せた第7走者・岸本大紀選手に相当するのは、エストニアの現代作家アンドルス・キヴィラフクの『蛇の言葉を話した男』(河出書房新社)。語り手は、レーメットという名の〈ぼく〉です。森の民として育ち、他の生き物と意志を疎通することができる〈蛇の言葉〉を使いこなす〈ぼく〉の数奇にして波瀾万丈の半生を描くことで、人類が進歩という御旗のもとに捨て去り、「野蛮」「未開」「未熟」と侮ってきた、あらゆる「かつて」に思いを至らせる物語になっているんです。

〈ぼく〉の親友になる蛇のインツ。同じ年の少年パルテル。幼なじみの少女ヒーエ。古代からの生活様式を守り、シラミを愛し、シカほどの大きさのシラミを育てることに成功する猿人コンビ。年に一度、高い木に登り、月光のもと木の枝で自分を鞭打つ儀式に恍惚となる森の女たち。インツたちが住まう蛇の洞窟での冬眠。匂いが鼻をつき、光景がありありと浮かんでくる森で起きる驚異の出来事に、21世紀人である読者は圧倒されたり、笑ったり、うなずいたり、首をかしげたりしながら立ち会うことになります。
そんな森の民に対置されるのは、よその国の文明を受け入れ礼賛する村の人々。異なる価値観の相克が、〈ぼく〉を見舞う数々の試練や冒険を描く中、立ち上がっていく。人類が歩んできた、過去の文化や知恵を葬り去り、新しいものばかり希求してきた歴史が、無類におもしろいストーリーの中にしっくり溶け込み、どちらかを断罪するのではなく、読者自身に考えさせるようなスタイルで提示されているのが素晴らしいんです。宮崎駿の『もののけ姫』が好きな方ならハマるんじゃないかなあ。

第8走者は、少し重めにゴンサロ・M・タヴァレス『エルサレム』

『エルサレム』ゴンサロ・M・タヴァレス/木下眞穂 訳/河出書房新社
『エルサレム』ゴンサロ・M・タヴァレス/木下眞穂 訳/河出書房新社

第8区には少し重めの小説を用意してみました。ポルトガル現代文学を代表する作家、ゴンサロ・M・タヴァレスの『エルサレム』(河出書房新社)。これは〈五月二十九日の朝四時〉前後に起きた出来事を、6人の登場人物の目と内面を通して多角的に描いていくという構成の小説です。

眠れないミリアは腹部の痛みを抱えながら、教会に行くために家を出る。性欲を満たそうと外に出たミリアのかつての夫テオドールは、娼婦のハンナに目をつける。ハンナに養ってもらっている帰還兵のヒンネルクは、妄想に突き動かされるように銃を隠し持って家を出る。教会に入れず、痛みで失神寸前のミリアから電話を受けたエルンストは不自由な足に鞭打って、大急ぎで彼女を助けに行く。父テオドールの不在を不審に思った12歳のカースは、真夜中にひとりぼっちにされた怒りを胸に父を探しに外に出る。
作者は、運命の〈五月二十九日の朝四時〉に合流する6人の過去と現在を、感情を交えない淡々とした筆致で報告していきます。なぜ、〈五月二十九日の朝四時〉に“あんなこと”が起きてしまったのかを、俯瞰という広い視野で描いていくんです。
そうすることで、わたしたちの身に降りかかる悪事や悲劇には必ず理由があること、因果があること、発端となる行為があることを臨場感をもって伝える。未来を握るのが、今のわたしたちの生き方であることに気づかせる。説教じみた語り口を一切とることなく、読者にレゾンデートル(存在理由)ともいうべき、生きている上での責任を、駅伝のたすきのように手渡してくれるんです。

第9走者の勇姿に重ねたい、小田雅久仁『残月記』

『残月記』小田雅久仁/双葉社
『残月記』小田雅久仁/双葉社

区間2位の好記録でたすきを渡してくれた2年生の佐藤一世選手の気持ちに応え、区間新記録を打ち立て金栗四三杯を受賞する好走を見せてくれたのが、第9走者の中村唯翔選手。その雄姿に重ね合わせてみたいのが、寡作ではあるものの、発表作にハズレなしの作家・小田雅久仁の9年ぶりとなる新作『残月記』(双葉社)。月にまつわる異聞奇譚が3篇収録されています。

月が反転し、見えるはずのない裏側の貌を現した時、見知らぬ男に家族も人生も乗っ取られた男が触れてしまう世界の秘密を描いて戦慄的な「そして月がふりかえる」。亡くなった叔母が持っていた、表面が月の風景のように見える珍しい石によって、異世界に連れ去られてしまう女性が経験する驚異の旅を描いた幻想小説「月景石」。

なかでも素晴らしいのが表題作の「残月記」です。舞台となるのは全体主義独裁国家となった日本。満月期に肉体と精神が昂揚する〈月昂〉という感染症が夜をおびやかしていた世界で、その病に冒されたひとりの男がたどった数奇にして苛烈な生涯とは──。SFとファンタジー双方の読みごたえを備えた物語の中に病気小説、格闘技小説、恋愛小説、芸術家小説の要素を投入。壮大なスケールの中篇小説に仕上がっているんです。

この3篇を読んだ後では、もうこれまでのように漫然と月を見上げることはできません。もしも月の裏側が見えてしまったらという畏れが、月見を躊躇させる。そんな、世界の見方をひっくり返すインパクト大の小説集なのです。

最終ランナーは沼野充義&恭子『ヌマヌマ はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選』

『ヌマヌマ はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選』ミハイル・シーシキン他/沼野充義、沼野恭子 訳/河出書房新社
『ヌマヌマ はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選』ミハイル・シーシキン他/沼野充義、沼野恭子 訳/河出書房新社

ついに最終ランナー。そういえば、原監督は運営管理車のなかから再三再四、選手たちに「スマイル!」「スマイル!」と呼びかけていて、選手たちも前の走者から笑顔でたすきを受け取っていたのが印象的でした。というわけで、トヨザキが選んだ最後の走者は、ロシア文学界最良の水先案内人にして研究者である沼野充義&恭子夫妻が編んだアンソロジー『ヌマヌマ はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選』(河出書房新社)です。なぜか、それは最後まで読んでいただければわかります。

ロシアの大都市を混乱の渦に巻き込んだコンピュータ・ウィルスをめぐる数奇な復讐譚を、スピード感のあるコミカルな筆致で駆け抜けるペレーヴィンの「聖夜のサイバーパンク、あるいは「クリスマスの夜-117.DIR」。
時速700キロの列車が何を象徴するのか考えずにはいられなくなるスラヴニコワの「超特急「ロシアの弾丸」」。
ニューヨークに亡命してきたロシア人主人公のダメ男っぷりを描き、発表当時〈ロシア文学史上もっとも汚い言葉で書かれた小説〉と騒がれたリモーノフの「ロザンナ」。
伝説の作家が語る奇想天外なファムファタール譚が、鏡の乱反射がもたらす目眩のような効果を生むビートフの「トロヤの空の眺め」。

などなど多様な読み心地をもたらす個性的な12篇が収録されているのですが、わたしがとりわけ気に入ったのはサドゥールの「空のかなたの坊や」とエロフェーエフの「馬鹿と暮らして」なんです。
英雄ガガーリンの母を自認する老女が、啓示によって〈地球の心臓部〉を目指す過程を描いてクレイジーな前者。刑罰によって馬鹿と暮らさなくてはならなくなった主人公が、馬鹿の収容所から「えい!」としか言わない男レーニンを連れ帰り、やがて主従が逆転したばかりか愛し合うようになってしまう展開が、呆然とするほど滅茶苦茶な後者。

やー、笑った。2021年で一番笑った。いずれも、読んでしまったら死ぬまで決して忘れられない、今回の青学の総合優勝くらいのインパクトを備えていて、「スマイル!」と呼びかけられずとも、自ずとケタケタ笑ってしまうケッタイな小説なんです。ちょっと日本では同じようなタイプが見当たらない。現代ロシア文学をもっと掘りたくなる、まさに「はまったら抜けだせない」世界なんです。

というわけで、長い長い10区間を伴走してくださった皆さん、ありがとうございます。この中の1作でも、皆さんにとっての読みたくなる本になったらうれしいです。2022年も、たくさんのおもしろい小説と出合えますように!

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