『チ。─地球の運動について─』が命がけで肯定する「好奇心に蓋をしない」道。「QUEEN」ブライアン・メイもそれを行く

2021.10.7
チ。サムネ

『週刊ビックコミックスピリッツ』連載中の『チ。─地球の運動について─』がすごい。天動説に疑問を持った15世紀の天文学者たちの戦いの物語が、なぜ、こんなにも今に刺さるのか。天文に詳しいライター・ツヤマユウスケがその魅力に迫ります。

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「知」と「血」と「地」を描く

マンガ『チ。─地球の運動について─』(魚豊*読み=うおと/小学館)の舞台は15世紀ヨーロッパ。当時、異端思想とされていた地動説を命がけで証明しようとした人々を描いた物語だ。

『チ。─地球の運動について─』魚豊/小学館
『チ。─地球の運動について─』<第1集>魚豊/小学館

『マンガ大賞2021』で第2位、「次にくるマンガ大賞2021コミックス部門』で第10位にランクインした話題作。2020年9月から『週刊ビックコミックスピリッツ』で連載が始まり、最新刊第5集が2021年9月30日に発売された。

タイトルの『チ。』には複数の意味が込められている。1つ目は知性の「知」。2目は、知性を抑え込もうとする暴力の歴史があったという意味の「血」。3つ目は地動説の「地」だ。

『チ。』で描かれた約600年前の人々は、地球の周りを太陽や他の星々が回ると考えていた(天動説)。そして、ヨーロッパ文化圏を支配するカトリック教会もこの説を後押しする。なぜなら神が創成した特別な星、地球が宇宙の中心だという思想が根底にあるからだ。17世紀、かのコペルニクスが地動説を唱えた本は禁書となり、彼の説を支持したガリレオは宗教裁判で有罪判決を受けた。

このような歴史的背景がベースになっているが、作中、過去に実在した天文学者は登場しない。作者のオリジナルキャラクターたちが地動説を研究する。その担い手として最初に描かれるのが、第1集の表紙を飾る少年ラファウだ。

彼は12歳にして大学進学が決まった超秀才。普段、個人的な興味で天文学を勉強している。夜空を眺め、星の動きを記録するのが日課だった。ある日、地動説を研究していたという元囚人と出会うところから物語が始まる。

恐ろしい拷問器具で脅される

元囚人の男から地動説を聞かされたとき、ラファウは突拍子もない考え方だと感じた。だが地動説の信憑性に気づき、研究ノートをまとめ始める。

運の悪いことに、このノートが教会の異端審問官ノヴァクに見つかってしまう。疑いをかけられたラファウは何とかごまかそうとしたが、牢獄行きとなった。そして恐ろしい拷問器具で脅され、研究を諦めるよう迫られる。

ところが、ラファウは裁判の場で「地動説を信じてます。」と宣言した。この想定外の言動に戸惑うノヴァク。彼に対してラファウは言う。
「敵は手強いですよ。あなた方が相手にしてるのは僕じゃない。異端者でもない。ある種の想像力であり好奇心であり逸脱で他者で外部で………畢竟。それは知性だ。」

第2集で登場する修道士バデーニも好奇心の塊だ。天文学のことだとアクセル全開になる。必要以上の勉強をするなと上司に注意されるし、新しいことを知ってテンションが上がると「オエッ オォロロロ」と突然嘔吐してしまう。過労で床にぶっ倒れるまで研究に没頭し、同僚をびっくりさせることもある。

ラファウもバデーニも、これまで信じてきた現実がウソかもしれないと気づいている。地動説が正しいのかどうか気になって仕方がない。残念なことに、当時の世間は彼らをまったく許容できず、異端者として拷問や体罰で抑え込もうとした。誰でも自分の好きなことを学べるなんていうのは本当に幸せなことだ。今なお学問の自由が実現していない国や地域は少なからずある。

やりたいことを貫くのには勇気がいる。たとえば職場や学校や家庭の中で、自分の関心事に対して他人から「よくない」と非難され、息苦しさを感じた経験は誰しもあるだろう。『チ。』のストーリーは、それでも好奇心に蓋をしないという生き方を全力で肯定するのだ。

『チ。─地球の運動について─』魚豊/小学館
『チ。─地球の運動について─』<第2集>魚豊/小学館

現代版「異端」天文学者・ブライアン・メイ

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