インターネットで生まれ殺された、ラップ・スターの真実の姿とは
全世界の音楽チャートで絶大な影響力を持つ、ラップ・ミュージック。すでに数十年の歴史を経たこのジャンルの魅力は今や楽曲に留まらない。
日々更新されていく、ラップ・スターたちが発するリアルタイムの発言・振る舞いを注視していくことも大きな楽しみのひとつだ。
そんなSNS全盛の時代のラップ・スターの在り方を体現したアーティストがいる。2018年に20歳で射殺されたマイアミ出身の人気ラッパー、XXXテンタシオンだ。 そして、早くもその短い生涯を綴った評伝、ジャレット・コベック『ぜんぶ間違ってやれ──XXXテンタシオン・アゲインスト・ザ・ワールド』が刊行された。アメリカのラップ・ミュージックの最前線に詳しい音楽ジャーナリスト、渡辺志保がこの一冊を読み解く。
目次
ある若きラップ・スターの突然の死
現代ではインターネット、SNS、サウンドクラウド、それにラップトップやスマホといったデバイスは、持っていないとお話にならない。そして今や、ツイッターやインスタグラムなどのSNSとラップ・ミュージックは世界共通言語の如くワールドワイドに広まった。
個人的に、SNS時代においてお気に入りのラッパーたちの動向を追いかけることに関するダイナミズムの一つは、「彼・彼女らを知った気になれること」にある。
いつどこで何を食べたのか、バースデーパーティーの様子はどうだったか、次作のレコーディングは誰と一緒に行っているのか。かつては知り得なかった彼らの世界の内側をのぞきながら、リアルタイムで彼らの音源(しかも夥しいほどの)を享受することは、一種の贅沢だとも思う。本書は、まさにそのインターネット時代を駆け抜けた──というよりも、もがきつづけながら楽曲を発表しつづけ、2018年に20歳という若さでこの世を去ったラッパー、XXXテンタシオンについて紐解いた評伝である。
彼は2014年ごろから本格的に音楽活動をスタートし、2017年にデビュー・アルバム『17』をリリース。翌年にはつづく『?』を発表し、アメリカのみならず世界中のチャートで1位を獲得し、その影響力の凄まじさを証明した。そして『?』発表の約3カ月後、銃で複数回撃たれて死亡した。
歪んだビートと不明瞭な歌い方が生み出した、新しいラップ・ミュージック
本書を読み、最も感嘆したのはXXXテンタシオン(正確には、彼がその名を名乗る前から)のすべてのツイートを洗い出して、彼がどんな人間性であったかを、まるで粘土の塊から人の形に成型するかのように観察していった点だ。
結果、やはり私はXXXテンタシオンというラッパーについて“知った気になっていただけ” で、彼のディテールに関しては初めて知る事柄ばかりだった。改めて、テンタシオンを立体的に、そしてラッパーとしてだけではなく、フロリダ出身のひとりの若い男性として彼を捉えることができたのは非常に意義深かった。
というのも、実際、私が彼のことを知ったのは、本書の中で作者がメタメタにこき下ろしている、ドレイク「KMT」リリースのタイミングであったし、その後も続くテンタシオンの蛮行に関してもほぼ理解が及ばなかったからである。ドレイクがそのフロウを“パクった”と言われた「Look At Me!」を初めて聴いたとき、これが若者から支持を得ている新しいラップ・ミュージックなのか、と、半ば呆気に取られてしまった。歪んだビートや曲の構造、不明瞭な歌い方……それはすべて、これまでのオーセンティックなラップ・ミュージックの美しさとはまったく異なるものだった。
マイアミの華やかなイメージを覆す、インターネット以降のラッパーたち
テンタシオンの出生地であるフロリダは、マイアミを中心に兼ねてからヒップホップ・カルチャーが(大規模ではないがしっかりと)根づいてきた土地でもある。
80年代後半にはアンクル・ルークの指揮のもと、悪名高い2ライブ・クルーがマイアミ・ベースと呼ばれる猛烈なバウンス・ビートで一世を風靡し、そのあとはサグ・スタイルを提示したトリック・ダディやトリーナがマイアミのラップ・シーンを形成していった。
リック・ロスやピットブルといったミリオン・ダラー級のラッパーたちもまた、マイアミ出身である。しかし、2010年以降、スペースゴーストパープやデンゼル・カリーらの出現を機に、全米ヒップホップ地図におけるマイアミ、そしてフロリダの存在感はだんだんと変化していった。
ビーチにクラブ、椰子の木に港……といったステレオタイプなマイアミ要素は徐々に薄れ、けっして華やかではないゲットーやプロジェクト育ちのキッズたちが、インターネットを足がかりにして名声を得ることになる。中でも、ティーンでありながら何度も服役と釈放を繰り返すコダック・ブラックらがその筆頭だった。
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