ショック!水島新司、漫画家引退「ルールに対する異常なまでの固執からの脱・魔球の功績」徹底討論

2020.12.4
水島新司サムネ

構成/文=オグマナオト 編集=アライユキコ


2020年12月1日、野球マンガの巨人、水島新司の「漫画家引退」が発表された。そんな今こそ問う、水島新司が野球マンガに残したものとは? ライターで「水島新司評論」を得意とするオグマナオトと、野球マンガ評論家として「あだち充評論」を得意とするツクイヨシヒサが緊急考察する。

ひとつも電子書籍化されていないのが惜しい…「水島マンガのここがすごい」

オグマ 大きな注目を集めた「水島新司、漫画家を引退」の一報。ただ、ニュースとしては「『ドカベン』や『あぶさん』でおなじみの〜」だけで終わることがほとんどで、作家的な評価はほとんどされていません。今こそ水島野球マンガが残したもの、発明したものを中心に「水島マンガのここがすごい」を考察していきたいと思います。

ツクイ まずは、高校野球とプロ野球を長く同時並行で描いたこと。若者たちの群雄活劇と、プロの職人気質を並列に描ける能力って、ちょっと常軌を逸しています。そして、短編と長編のどちらもおもしろい上に、「野球」というひとつのカテゴリーにこだわりつづけたこと。たったひとつのジャンルだけであらゆる手法を試した漫画家、というだけでも稀有な存在です。野球マンガの可能性をここまで考えた人はほかにいません。

オグマ 最盛期はおそらく1977年、水島先生38歳のとき。このときは、『ドカベン』(6年目)、『野球狂の詩』(6年目、この年でいったん連載終了)、『あぶさん』(5年目)、『球道くん』(2年目)、『一球さん』(3年目、この年で連載終了)。さらに、野球マンガ専門誌『一球入魂』を創刊して責任編集長まで務め、この雑誌上で『白球の詩』の連載を開始。あるインタビュー(『月刊経営塾』95年10月号)では、最盛期には月に450枚描いていた、と明かしています。さらにこの年、『ドカベン』も『野球狂の詩』も実写映画化していて、本人も出演してますからね。ちょっとした水島新司ブームです。

全盛期の1977年に世に出た6作品。水島新司の代表作ばかり
全盛期の1977年に連載していた6作品。水島新司の代表作ばかり

ツクイ 『ドカベン』『球道くん』『一球さん』は高校野球がテーマで、『あぶさん』『野球狂の詩』『白球の詩』はプロ野球。そして、同じプロ野球でも、『あぶさん』のように「代打屋」という4番打者でもエースでもないニッチな存在を描いたかと思えば、『野球狂の詩』に至っては「球団が主人公です」となる。メインキャラの岩田鉄五郎も水原勇気も、真の意味では主人公じゃない。『ドカベン』だって、主人公は山田太郎、という認識ですが、実際には、岩鬼正美、里中智、殿馬一人ら明訓4人衆の話であり、明訓高校というチームの話。ある意味で戦隊モノのおもしろさなんです。

オグマ そこが、ドカベン以前の『巨人の星』(原作:梶原一騎、作画:川崎のぼる)などの作品群との違いですよね。チームスポーツとしての野球を描いたというか、主人公が主人公然としていない作品が多い。余談ですが、『巨人の星』の連載が1971年までで、『ドカベン』『野球狂の詩』の連載は72年から。この入れ替わりの妙も、なんとも興味深いです。

ツクイ 『あぶさん』にしても、あぶさんこと景浦安武ひとりの話ではなく、特に初期は、あぶさんを通り過ぎていった人たちの物語。未亡人の話とかね。あれ、好きだったなぁ。

オグマ 『あぶさん』好きな人、未亡人エピソードみんな大好きですよね(笑)。話を戻すと、2018年に『ドカベン』シリーズを完結させるまで、水島先生は野球界のありとあらゆるジャンルを描いてきました。高校、プロはもちろんのこと、少年野球、中学野球、大学野球、社会人野球、女子野球から草野球の連載まで。描いていないのはメジャーリーグくらい。

ツクイ さらに、『あぶさん』や『平成野球草子』の1話完結ものの中では、審判もスカウトもデータマンも、球団経営の話も、最近流行りのファン目線も……と、日本の野球のほぼすべてを描写している。良くも悪くも後継の野球漫画人に何も残さない! 先駆者なんだけど、うしろの草まで全部刈り取ってしまう凄まじさ。よく、野球マンガの編集者から「今、こんなこと考えてるんだけど」「たとえば、こんなアイデアどうかな?」という話を聞くんですが、「結局、水島先生がすでにやっていた」というオチになってしまう(笑)。

オグマ だからこそ、その教科書としての立ち位置として、水島作品がただのひとつも電子書籍化されていない現状はいかがなものか、と考えてしまいます。

水島新司の功績、“擬音の使い方”と“ギアのこだわり”

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