「少女」とは何か?舌と欲望を覗かせる無垢な存在『少女礼讃』
名前も年齢もわからない、誰も知らないひとりの少女。モデルやアイドル活動をしているわけでもなく、SNSもやっていない彼女を、写真家の青山裕企は数年にわたり、毎週のように撮りつづけた。そしてできた写真集が『少女礼讃』である。
数々の著名アイドルやモデルなども撮影してきた青山は、この女性に何を見出し、何を写そうとしているのか。写真集の魅力をレビューする。
「少女」のイメージを大きく裏切る
1978年生まれの写真家・青山裕企の最新写真集。『スクールガール・コンプレックス』シリーズ、オリエンタルラジオや乃木坂46メンバーの写真集などで知られる著者だが、なんとこの作品が80冊目の単著になるそうだ。その出版界での需要の大きさと、著者自身の企画力には驚くばかりである。
本作でまず注目すべきは、その本としての佇まいだろう。文芸書の単行本サイズより2cmほど背が低い小ぶりな判型にして、厚みは4cm近くある。手に取るとまるで辞書や聖書のような重さだ。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』から引いたと思われる書名も相まって、写真集と言うよりは文芸書のような雰囲気をまとっている。
500ページを超える本書に登場する被写体は、たったひとり。冒頭に掲げられるテキストの中で青山が「少女」とカッコつきで指示するその被写体は、芸能人ではなく名前や年齢さえも明かされない匿名の存在である。しかしショートカットの黒髪やふっくらした頬、天真爛漫な笑顔は、いかにも少女という表現にふさわしい。カメラは、どこにでもある団地や田舎の風景、旅先のフェリーの甲板で、彼女のことを一瞬も見逃すまいというかのようにその姿を記録していく。
だが、幸福なカップル写真のような甘いムードは、突如挿入されるヌード写真によって中断される。白い肌に浮かんだ赤いデキモノや脇の剃り跡は生々しく、見る者をドキリとさせる。その成熟した体の輪郭や豊かな乳房は、「少女」のイメージを大きく裏切るものだ。そして、何度も挿入される、カメラに向かって彼女がぬっと舌を突き出すシーン。その赤い舌は、「少女」という言葉が持つ記号性を突き破る。
想像を掻き立てる余韻あるラスト
これまで、青山は常に被写体の持つ記号性を利用して読者に新鮮な驚きを提供してきた。初期から続けているシリーズ『ソラリーマン』では、被抑圧的で画一的なイメージを持たれているサラリーマンたちを思いっきりジャンプさせることで、中年男性の生き生きとした側面と底抜けの明るさを演出した。同じく活動初期からつづけている『スクールガール・コンプレックス』シリーズでは、顔を隠した制服少女たちの肢体をフェティッシュに切り取り、制服という記号性それ自体を欲望の対象にまで高めた。
だが、本作における「少女」はその記号性の枠を遥かにはみ出している。カメラに向かって突き出された赤い舌は、彼女のことを純粋無垢な存在だと思っていた読者を挑発し、得体の知れない欲望が彼女の中にあったことを教える。写真集の最後には、彼女の手になるものらしいテキストが置かれている。そこで青山との関係を「わたしはこの人に撮られたほうがいいし、この人もわたしを撮ったほうがいい」と綴り、彼に撮られているときの気持ちを「セックスしているみたい」と言ってのける彼女の言葉は、とても強い。
最後のページに置かれるのは、彼女の作品と思しき絵画を写した一枚である。被写体ではなくひとりの創作者としての彼女は、何を思いながらこのキャンバスに向かっていたのか。また、青山と彼女の関係は、この写真集を作り終えたあとどうなってしまったのか。想像を掻き立てる余韻あるラストだ。
『少女礼讃』
著者:青山裕企
出版社:青幻舎
定価:3500円(税別)
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