年間100本以上のお笑いライブに足を運び、週20本以上の芸人ラジオを聴く、19歳・タレントの奥森皐月。
今月は、3月9日に生放送された『R-1グランプリ2024』決勝戦を奥森の視点で振り返る。
目次
『R-1』史上、最も好きな大会になった
『R-1グランプリ2024』が終わった。これまでの歴史の中で最も好きな大会になった。
毎年何かしらのアクシデントが話題になったり、視聴者にツッコまれたりしてきた『R-1』だが、今年は大会に対しての批判的な声をほとんど目にしなかった。大会運営と制作スタッフと出演者の努力の賜物だろう。
昨年までがナメられすぎていたとは思うが、このまま続いていけばみんなから「『R-1』には夢がない」とは言われなくなると思う。
ただしウエストランド井口(浩之)さんだけはおもしろいので言い続けてほしい。今大会の予選で井口さんがしていた『R-1』のことだけを話す漫談は、決勝に進んでもおかしくないくらいウケていた。悪口というよりは外部監査みたいな立ち位置。
街裏ぴんくさんは「ずっとずっとおもしろい人」
街裏ぴんくさんが優勝した。芸歴20年。最近おもしろくなった人ではない。ずっとずっとおもしろい人だ。
独演会はいつも超満員で、熱を持って応援している人がたくさんいる。それなのに今回の『R-1』以前は一度も決勝に上がっていなかった。
改めて、“おもしろいのにまだ陽の目を浴びていない人はいる”ということと“時間がかかってもどこかでスポットライトが当たるときが来る”ということを実感する。
会見でぴんくさんが言っていた「続けるのもセンス」というハリウッドザコシショウさんの金言が沁みる。おもしろい人がいなくなるのはとても寂しい。
本当におもしろいピン芸人9人が集った決勝戦
芸歴制限というこれまたある種の鎖国は2021年から2023年まで続いた。芸歴を重ねたピン芸人さんが「もうチャンスがない」と口々に言っていたのを覚えている。浜村凡平太さんが出られる賞レースは何もなかった。
しかし、この3年の間に私はさまざまなライブで芸歴10年以上のピン芸人さんに心をつかまれた。ギャバホイさん、中津川弦さん、加藤ミリガンさん、永田敬介さん、クラウン高山さん、ほかにも大勢のすごいピン芸人さんがいる。きっとまだ見つけられていない人も。
漫才やコントはもちろん素晴らしいが、生で観るお笑いはピンが一番魅力的に見える気がする。たったひとりで舞台に上がって客席を笑わせる姿は本当にカッコいい。
芸歴制限で『R-1』に出場できなくなったあとのピン芸人さんは心なしかのびのびとしていて、職人らしさが増しているように思えた。
ルシファー吉岡さんは2022年に単独ライブを、街裏ぴんくさんは年に4回以上独演会をしていた。
そのタイミングでの芸歴制限撤廃。実力派の若手とリミッターが解除されたベテランが入り混じる展開は、バトルマンガを読んでいるようなアツさがあった。
おいでやす小田さんやヒューマン中村さんといった『R-1』決勝常連組に加え、EXIT兼近(大樹)さんやアインシュタイン稲田(直樹)さんなど、テレビで活躍されているコンビの芸人さんも出場し、出場者数は過去最多の5457人に。
1回戦の通過率が1桁の日もあった。今年はレベルが高かったといわれているのは、数字の面からもうなずける。
吉住さんのエントリーもうれしかったことのひとつ。2021・2022年と決勝進出されていたが、2023年は不参加だった。
『R-1グランプリ』での吉住さんはもう見られないのかと思い残念だったのだが、芸歴制限が撤廃された今年にまた出場。それで決勝に帰ってくるのだからシビれた。森の少女のネタ、正義感暴れのネタに続いて、また大きな衝撃と痕跡を残していた。
「とにかくおもしろいピン芸」という審査基準どおりのメンバー9人がファイナリストだったと思う。プロダクション人力舎からふたり、マセキ芸能社からふたり、吉本興業からふたり、そしてケイダッシュステージ、トゥインクル・コーポレーション、アマチュアという並びは異例だった。
『R-1』のことを書いたネットニュースに「吉本の大会」とコメントしている人を見かけたのだが、この割合を見ると全然吉本の大会ではない。おもしろい人たちの大会なだけだ。
どくさいスイッチ企画さんもアマチュアで話題性があるからではなく、きちんと実力で勝ち上がっていたことが決勝のステージで証明されていた。アマチュアで日本4位というのはかっこいいを通り越して恐ろしい。
『R-1』ネタ時間が4分になったことの影響
ネタ時間が3分から4分になったのは、今年の『R-1』に大きな影響を与えていたと思う。コントが有利になるとはまことしやかにささやかれていたが、実際に例年と比べるとコントの割合が多かった。
審査において展開がかなり重要なようだったし、後半にかけて盛り上がることが得点につながっている印象だ。3年前のファイナリストは半数がフリップネタだったのに、今年はついに紙のフリップがひとりもいなかった。
予選を観に行くとわかるのだが、紙のフリップを使うネタをしている人は数えきれないほどいる。普段あまりネタをしていないであろうアマチュアの人は特にフリップネタが多い。
ただ、これまでに数多くの名作紙フリップネタが生み出されていて、今や紙でできることはすべてやり尽くされているのではないかと思うほどだ。
理由はさまざまだろうが、ZAZYさんもいつからかモニターでのネタになっていたし、今年もkento fukayaさん・寺田寛明さんともにモニターだった。逆に今後、紙フリップネタで決勝に行く人は出てくるのだろうかと楽しみに思ってしまう。
トンツカタンお抹茶『かりんとう車』の衝撃
『R-1』の予選に行くと、丸一日、フルタイムで働いているくらいの時間、ピンネタを浴びることになる。観るだけなのになぜかすごく疲れるし、自分がなんで笑っているのかわからなくなるときもある。
そのような状態で初めてトンツカタンお抹茶さんの『かりんとう車』を観たとき、目撃したとき、電流が走るどころの騒ぎではなかった。
何百組と見ていても、あんなネタをする人はひとりもいない。私は2回戦の帰り道、『かりんとう車』のことで頭がいっぱいだった。『かりんとう車』のことを考えながら渋谷の街を走った。
2年前にトンツカタンお抹茶さんの『プラネタリウム』のピンネタを初めて観たときもかなりの衝撃を受けたが、『かりんとう車』を劇場で観たときはそれを上回る興奮を覚えた。今すぐ誰かに伝えなきゃという気持ちになり、お笑いが好きな友達には必ずお抹茶さんの話をした。
準々決勝は当然お抹茶さんが出場する日に観に行った。2回戦で観た『かりんとう車』は2分だったが、準々決勝では4分になる。お抹茶ワールドに倍の時間浸れることが幸せだ。
4分の『かりんとう車』はさらにおもしろくて、感動した。アニメの主題歌をテレビバージョンで聴いていて、あるときフルバージョンを聴いてみたら落ちサビがよすぎて完全にその曲の虜になってしまう、みたいな。4分ネタになって初めてパトカーだったということがわかって、少し震えた。
準決勝前に銀シャリ橋本(直)さんと鈴木真海子さんのラジオにおじゃまする機会があったので、そこでもお抹茶さんの話をした。
翌週の放送で準決勝を観た橋本さんが「お抹茶の優勝はあるかも」とおっしゃっていて、私はお抹茶さんの関係者でもなんでもないが「ありがとうございます」と思った。
実際に準決勝ではトップレベルに会場を沸かせていて、いろいろな人がお抹茶さんが優勝しそうだと言っていた。時代が追いついている。
決勝の派手な舞台で観る『かりんとう車』はかなり地味で、それはそれで笑ってしまった。劇場で観たときはもっと異様だったのに。
お抹茶さんと視聴者の間に『かりんとう車』とテレビがあると、見え方が全然違う。お笑いって複雑だ。ふたを開けたら最下位だったが、最高のネタだったことに変わりはなかった。
『さまぁ〜ずチャンネル』で、お抹茶さんが優勝した世界の想定の動画が公開されていた(3月13日現在は非公開)。これがまたよい。優勝おめでとう、と事前に撮影しておいて最下位なのは、お笑い的には完璧だと思う。
ネタについては「かりんとうが好きなので、もしかして車だったら素敵じゃないのかと思った」と話していて、この人は本物なのだと痛感させられた。
突飛なネタを作る天才なのかと思いきや、トンツカタンが一昨年『NHK新人お笑い大賞』で披露した『インコ』というコントもお抹茶さん作だという。
森本(晋太郎)さんが作るトンツカタンのコントが好きだったが、お抹茶さんが作るネタも色味が違ってとてもおもしろい。
ネタを作り始めて約3年で才能がみるみる開花した、と森本さんが話していて素敵だった。新たな構成になったトンツカタンが今後さらに活躍してくれることを願う。
『R-1』の盛り上がりを作った、ルシファー吉岡
惜しくも優勝に届かなかったが、ルシファー吉岡さんのネタも素晴らしくおもしろかった。4分を美しく使ったコントは貫禄に満ちていて、誰が観ても納得の高得点だったと思う。
以前、紺野ぶるまさんが『R-1』の先生をする企画の講師としてルシファーさんが出演されていた動画で、印象的な発言があった。
相手のセリフを繰り返すような手法はあえて取らず、ひとりコントならではのセリフの言い回しにするというもの。「え? ○○?」という表現を使わず、違う言い方にしているという話に強いこだわりを感じた。
また、大きな舞台では視点を手前にして、目の前の人に話している視線にするということも言っていたのだが、それを踏まえて改めて今年のネタを観ると、相手の存在をきちんと感じられる動きや目線だと感じる。
賞レースはその日の流れで結果が左右すると常々思う。今回の『R-1』の盛り上がりは2番手のルシファーさんが作り出した部分も大きかったように見えた。
『R-1』の舞台で見るルシファーさんはやはり素敵で、またいつか決勝でのルシファーさんを見てみたいという気持ちになる。
漫談で勝ちきる街裏ぴんくのカッコよさ
猛者ぞろいの中、漫談で勝ちきった街裏ぴんくさんはやはりすごい。
ずっと漫談をし続けてきた人が漫談で評価されて優勝するというのにグッときてしまい、優勝の瞬間は私も泣いてしまった。
これまで『M-1グランプリ』でも『キングオブコント』でも涙を流すことはなかったので、私はこんなにもぴんくさんのことが好きだったのだとそこで実感した。漫談は無限にあるはずなので、これからいろいろなネタ番組で観られるといいな。
個人的にはエレ片のラジオで散々にイジられているぴんくさんも好きで、本人もイジられたいとおっしゃっていたので、バラエティで活躍されることを楽しみにしている。
ちなみにこの記事にも1カ所だけ嘘があるのだが気づいただろうか。『かりんとう車』のことを考えて走ったのは本当だ。クラウン高山さんは存在しない。今年の漢字は「嘘」になるかな。
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