子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を、匿名で赤裸々に独白してもらうルポルタージュ連載「ぼくたち、親になる」。聞き手は、離婚男性の匿名インタビュー集『ぼくたちの離婚』(角川新書)の著者であり、自身にも一昨年子供が誕生したという稲田豊史氏。
第5回は、第一子が産まれて育休を取得した33歳男性。上司に育休取得を相談したところ、その反応から「制度のアップデートに、それを運用する人のアップデートが追いついていない」と感じたという。
大手上場企業の企画部に所属する宮内翔太さん(33歳/仮名)は、同じ会社で働く沙奈さん(33歳/仮名)と職場結婚。沙奈さんの妊娠・出産に合わせ、残っていた有給休暇と男性育休制度をフルに使って8カ月間にわたり休業し、産前産後サポートと共同育児に専念した。
育休取得にあたって社内から返ってくる反応はさまざま。そんな中、50代の男性上司Aさんは「休んでどうすんの? 何するの? 男がすることなんて何もないよ」と口にして宮内さんを脱力させた。
しかし、彼以上に厄介だったのは、Aさんの上席にあたる40代の女性上司、Bさんのほうだった。Bさんは育休取得を報告した宮内さんに、「そんなに休んだらキャリアを棒に振るよ。今後どうするの?」と言い放った。
※以下、宮内さんの語り
「仕事も育児も家事も完璧にやっている」女性上司
Bさんは僕より10歳くらい年上で、娘さんがいます。ものすごいバリキャリ志向で、産後の育休を3カ月でスパッと切り上げて仕事に復帰しました。
傍から見ると「ここで抜けたら私のポストがなくなる」という焦りもすごかったです。そんな彼女からすると、僕が「夫婦そろって8カ月も休業する」なんて大甘にもほどがある、私はあなたのためを思って心配しているのよ、というわけです。余計なお世話ですが。
Bさんには、「私は仕事も育児も家事も完璧にやっている」という自負があるんです。彼女いわく「夫には私が家事と育児を教えている」「私が夫を育てている」
ただ、Bさんの旦那さんも同じ会社の人で、僕も一緒に仕事をしたことがあって、プライベートでも付き合いがあるので知っているのですが、彼はものすごく家事・育児のスキルが高い人で、彼女が気づいていない細かい家事も全部拾ってやっています。
ゴミ捨てやちょっとした片づけや消耗品の補充といった、いわゆる「名もなき家事」のタスクリストを作成したのも彼。家の中がめちゃくちゃ「見えて」いる人です。
Bさんが唯一主導的に担当している、かつ誇っている家事は「娘の弁当作りを含めた食事の準備」ですが、皿を洗って片づけて、その合間に洗濯機を回して干して、取り込んで、たたんで……をやっているのは旦那さん。なのに、「自分が全部やっているし、夫に指導している」ことになっている。
こないだの会議では、開会のあいさつでBさんがドヤ顔で言いました。「今日は娘の幼稚園の行事ですが、私は仕事を選びました! みなさんも、いろいろなものの中から選択してこの会議に来たと思います。いい時間にしてください」
会議室が変な空気になりましたよ。何言ってるんだ、この人?って。
しかもその日は、Bさんの旦那さんが会社を休んで娘さんのお遊戯会に行ってたんです。彼もまあまあのポストの、超忙しい管理職ですよ。なんのことはない、負担が旦那さんに寄ってるだけの話です。
Bさんが家のことを何もやってないとはもちろん思いません。僕が言いたいのは、あなたが会議に出られるのは旦那さんが会社を休んでるからだし、あなたが産後3カ月で職場復帰できたのも、旦那さんが献身的に家事を回してたからであって、大変なのはあなただけじゃないよ、ということです。
「やった気になってる自称イクメン」の女性版
Bさんみたいな人って、男性だったら数年前からちょくちょくいましたよね。
「仕事にも家庭にも完璧にコミットしてるイクメンです!」って顔してるけど、実は奥さんの献身的な努力によってそれが成り立ってることに気づいていない。そういう家の奥さんって、たいていは超優秀です。……ってことに、自称イクメン氏の女友達なんかは、だいたい気づいてますけど。
つまりBさんは、「やった気になってる自称イクメンの女性版」です。Aさんとは違った意味での「アウトなおっさん」の令和版。
「やった気になってる」のが男性なら、女性部下がイジり気味に突っ込めるんですよ。「◯◯課長、実は奥さんが陰ながら面倒なこと全部やってるんじゃないですか? 目に見えてる家事が全部じゃないですよー」とかなんとか。
でもBさんみたいな「やった気になってる」女性は、誰もイジれません。逆上されたらシャレになりませんから。特に、年下の男性である僕なんかは一番無理でしょう。
Aさんみたいな、男性育休に無理解な男性は昔からいました。ただただ、旧式のおっさんです。みんながよく知ってる、「アウト」な人。「やった気になってる自称イクメン」も数年前からよく見かけます。
でも、Bさんみたいな「やった気になってる自称イクメン」の女性版は、けっこう新しいパターンだと思います。少なくとも、僕が社会人になった10年前にはいませんでした。
最先端の「ねじれ」と「ズレ」
Facebook社の女性役員、シェリル・サンドバーグが『LEAN IN』を出版したのは9年前、2014年でした。仕事も家事も育児も完璧にこなすこのスーパーウーマンに影響された方は多いでしょうし、日本でも有能な女性役職者が増えていったと思います。
それと並行して、Bさんのような新式の「アウト」な女性もまた、出現しました。社会の構造が大きく変わると、以前とは別の「アウト」な存在が台頭し始めるんです。
今の会社は育休制度的にも、女性が責任あるポストに就ける職場という意味でも、わりかし“進歩的”だと思います。そういう、社会における最先端の場であるからこそ、そこに生じた最先端の「ねじれ」というか「ズレ」みたいなものに僕は直面しました。Bさんのような人の出現です。
この種の、社会の進歩の足を引っ張るモンスターは、ある時代はAさんみたいな男性のことを指していましたが、徐々にBさんみたいな女性も担い始めていると感じます。なんのことはない、かつて男性たちが犯していたミスを、今度は女性が犯し始めているだけです。
世の中の風向きは女性活躍社会の推進なので、女性管理職を4割、5割にしようという気運もありますし、これから10年、15年で「アウトな女性上司」は急激に増えていくと思いますよ。
たとえば、彼女はこんなことを言うんです。「飲み会に行くと旦那にグチグチ言われるんだ。だから旦那に対する“信頼残高”を貯めなきゃ」
これ、男性が奥さんのいないところで部下に言ってたら、超サムくないですか?
Bさんみたいな女性上司が増えてAさんくらい当たり前の存在になり、かつ部下の男性が笑ってイジれるようになってようやく、この社会は次の段階に進むんだと思います。
社会変革、未だ成らず?
※以下、稲田氏の取材後所感
平成生まれの宮内さんの考えは、月並みな言葉でいうなら「先進的」だ。男性育休に積極的な姿勢も、仕事観も、けっして「自分をリベラルで先進的なキャラに見せるためのポジショントーク」の類いではない。染みついた価値観に基づいた、ごく自然な思想であるように見えた。
彼は匿名取材に妻子を連れてきた。これは本連載では初である。男親にありがちな「妻の前では話せない、デリケートな吐露」をする気などまったくない。これが世代的特徴なのかどうかはわからないが、少なくとも「ザ・昭和の男親」には見出しにくい態度である。
彼は家事や育児を「夫婦で効率的・合理的にこなすべきタスク」と捉え、見える化して管理していた。夫婦の家事担当分担は、得意・不得意を考慮してロジックで定めていた。中でも、家庭を回すことを「運用」と表現していたのは印象深い。こういった点においても、ある種の「昭和の夫」感は皆無だ。
そんな宮内さんによる、「無理解でアウトな存在が、旧来型の男性からキャリア志向の女性に置き換わりつつある」という見立ては新鮮だった。
職場での性別上の不公平を決死の覚悟と努力で変革してきた女性たちの奮闘や気骨が、先進的な平成生まれの男性には「アウト」だと認識されてしまう皮肉。これも何かの「ねじれ」や「ズレ」の一種なのだろうか。
【連載「ぼくたち、親になる」】
子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を匿名で赤裸々に語ってもらう、独白形式のルポルタージュ。どんな語りも遮らず、価値判断を排し、傾聴に徹し、男親たちの言葉にとことん向き合うことでそのメンタリティを掘り下げ、分断の本質を探る。ここで明かされる「ものすごい本音」の数々は、けっして特別で極端な声ではない(かもしれない)。
本連載を通して描きたいこと:この匿名取材の果てには、何が待っているのか?
関連記事
-
-
天才コント師、最強ツッコミ…芸人たちが“究極の問い”に答える「理想の相方とは?」<『最強新コンビ決定戦 THE ゴールデンコンビ』特集>
Amazon Original『最強新コンビ決定戦 THEゴールデンコンビ』:PR -
「みんなで歌うとは?」大西亜玖璃と林鼓子が考える『ニジガク』のテーマと、『完結編 第1章』を観て感じたこと
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会『どこにいても君は君』:PR -
「まさか自分がその一員になるなんて」鬼頭明里と田中ちえ美が明かす『ラブライブ!シリーズ』への憧れと、ニジガク『完結編』への今の想い
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会『どこにいても君は君』:PR -
歌い手・吉乃が“否定”したかった言葉、「主導権は私にある」と語る理由
吉乃「ODD NUMBER」「なに笑ろとんねん」:PR