M-1王者ミルクボーイ独占インタビュー【前編】M-1がなくなり道を失った

2020.1.15


ミルクボーイはこのままなくなるんやろなと思ってた

駒場は「掃除検定」、内海は「お好み焼き検定」を取得し、劇場で30分の単独ライブの枠をもらっても、それぞれ検定の話をするだけで終わることもあった。漫才師が脚光を浴びていなかった時代とはいえ、毎年手帳に目標を書いていた駒場は、2013年の目標を「ポールダンス」と書く。ふたりはそのころ、完全に本来の道を見失っていた。駒場は芸人の先輩にご飯を食べに連れていってもらうことが増え、一方の内海はその時間を競馬などのギャンブルに使うようになった。

内海 駒場が先輩にかわいがってもらえるようになってきたので、僕からも「もっと先輩と飯に行け」と言ってました。

駒場 先輩とご飯に行かせてもらうことも、僕は当時“お笑い”と思ってましたけど、結局、漫才との両立はできてなかったですね。

内海 そこで、ミルクボーイ結成以来初めてふたりがギクシャクし始めました。でも、決して大ゲンカにはならなくて。僕も、空いてる時間に競馬できるからいいや、くらいに思ってました。

駒場 僕は内海のその感じに腹立っていて。僕は先輩と呑みに行くことでお笑いやってるんやから、ギャンブルでもなんでもお笑いやれよと思ってました。

内海 競馬番組には出ましたけど、まあ、たいしてギャンブルをお笑いには活かせてなかったですね。漫才もネタも作らなくなった。劇場でやるのはこれまでの有りネタだけ。ライブのために、一応週1でネタ合わせもしましたけど、ふたりともしゃべらないし、駒場には先輩から電話かかってくるし。その間に僕は、トイレ行ってケータイでギャンブルやってて、ふたりとも漫才が、優先順位の上には全然来なくなってました。

駒場 今振り返れば、M-1が終わったことが漫才にモチベーションを失った原因のひとつだったかもしれないと思いますけど、当時は自分たちの状況を客観的に見られる状態ではなかったですね。

内海 そんな余裕はなかったです。ずっと遊んでましたからお互いに、それぞれで。でも毎年正月には、「今年もがんばりましょう」とか、メールは送り合うんですよ。でも、ぼんやりですけど、このままふたりともすれ違ってミルクボーイはなくなるんやろなと、焦ってはきてました。それが2014年くらいですね。

2015年頃のミルクボーイ

2015年、駒場に1本のテレビレギュラー仕事が入る。海原やすよ ともこが出演するテレビ大阪「やすとものどこいこ!?」だった。やすとものふたりが毎回ゲスト芸人と街の商業施設で買い物をする内容だが、番組最後の告知コーナーを担当するアナウンサーの替わりを駒場が担当することになった。駒場がそれまで、今田耕司やサバンナ高橋(茂雄)、ミサイルマン西代(洋)といった先輩芸人と遊んでいたことから、やすともに紹介してもらうことができた。

駒場 あるとき、やすともさんとネタの話をしていると、「私たちは女芸人と言われたくない。ちゃんと漫才師と呼ばれたい」とおっしゃったんです。第一線の漫才師の方と久しぶりに密な時間を過ごすようになって、僕の中の漫才師のギアを入れてもらえた気がします。
おふたりは、「ミルクボーイ、昔はおもしろかったって聞くけど、最近ちゃんと漫才してないよな」ともストレートにおっしゃってくださって。いつも遊んでいただいた先輩方も当然同じように思ってくれてたと思うんですけど、男同士だと正面切って言い合えないところがあったと思うんです。「他の人は面と向かって言わないかもやけど、私らは言うよ。漫才ちゃんとやって欲しいって」。やすともさんにそう言われて目が覚めましたね。遠回りしましたけど、ようやく本来の道に戻るきっかけをいただくことができました。

【後編】ミルクボーイ 独占インタビュー なぜ這い上がり、M-1で優勝できたのか につづく


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