東直子の5句
【東直子の句①】
食べたことのない物を二つに割る
どちらも食べたことない、それが何かもわからないものを分け合って一緒に味わうという場面です。未知のものを一緒に食べるのってエロティックじゃないですか?
ふたりにとっての初めてを同時に体験するというのはいいですね。毒味というか、先に食べてリアクションをうかがってからとかじゃなくて、せいので行こうよっていう。
秘密を分け合うというのは根本的なエロティックの感覚かなと思って。
そこに幕が下りているような感じがしますよね。包まれてる感じというか。
グッとお互いの顔が近づいてるような印象を受けます。
東さんのターンが始まってしまいました。
東さんは今まで自由律俳句を作る機会はありましたか?
せきしろさんと自由律俳句のイベントに出たことはあるんですけど、そのときも私が作ったのは短歌だったので自由律俳句として発表するのはこちらが初めてです。
(笑)。とんでもないことをしてしまったな。
短歌は575にはめていく作業だと思うんですが、韻律がない自由律だからやりにくいことはありますか?
そうですね……放っておくと575になっちゃうんですよ。
勝手に575になっちゃう。
韻律を守ってしまうんですね。
気持ちよく575で作ってしまうので、そうなりそうなところを振り切りながら、体の記憶から韻律を外した状態で詠むことに専念しました。
自由律だと気持ち悪いと思いますか?
自由律は自由律で、それはそれでクラゲに生まれ変わる感じといいますか。
……一つひとつの表現がすごい。
すご過ぎる。
前半5句変えたいな。
次はいきなりダイレクトな感じなんですけど。
【東直子の句②】
夜の空そのものになる
ふたりが一体となって浮遊してるような感じというか、体をなくして一緒に空に浮かんでいる感じ。本当に好きなもの同士だとそういう感覚になるんじゃないでしょうか。
夜の空そのものになる……考えたこともないかもしれない。
私も想像というかフィクションですけどね(笑)。
もう世界中が私たちなんだ。
空なのが不思議です。自分だったら“夜そのものになる”と言ってしまいそうで。
夜だと時間の観念だけど、夜の空だと空間になるのかもしれません。空間自体に溶けていくようなイメージです。
夜というのは、真っ暗な漆黒の空ですか?
そういうふうな捉え方もできるんですけど、なんとなく私は星がキラキラしてる夜空をイメージしていました。いろんな星の、その中のひとつ。
なるほど。
与謝野晶子の夫が亡くなって【冬の夜の星君なりき一つをば云ふにはあらずことごとく皆】という歌を詠んでいるのですが、そういう趣です。
一番光ってる星があなたなんだよじゃなくて、全部が思い出。スケール感に打ちひしがれています。
【東直子の句③】
全体重のせてください
これはスーパーパンチだ。
シチュエーションわかりますか?
とてもわかります。
意外と全体重をのせるっていうのは意識しないと起こり得ないことで。
ないんですよね。どこかで体重を支えてしまう。
加賀くんと僕はお互い膝を犠牲にする句を読んでますし(笑)。
膝小僧を捨ててもいいみたいな。【全体重のせてください】これはすごいコピーかも。
「全体重のせたる」ってふざけて言われたことあって(笑)。
え、そうなんですか?
……という話を聞いたことがあって。それをもじりました。
下品な捉え方にならないのが不思議ですね。エロティックではあるんですけど、それよりも本当に心底好きな気持ちというか、無我夢中な感じが伝わります。
お互い安全であるからこういうことを思える。お互いの信頼関係がそこにちゃんとあるように思います。
全体重のせてくださいって言われたら鼻血出ちゃうかも。
私には実践できないので皆さんでやってみてください(笑)。
敬語の句というのもエロ自由律俳句ではあまりありませんでしたよね。
どんなに親しくなってもけっこう私は丁寧語で話しちゃうところがあって。
僕にもずっと敬語ですよね。
そうですね。年齢差もあるからあんまり距離を詰めるのもどうかと思って、ずっと加賀さんと呼んでしまいます。
もしかしたらそれが東さんに感じる丁寧さなのかも。
東さんの文章を読んでいても、誠実さというか、対象に対する一定の距離感を感じますね。東さんは近づき過ぎない。
均等に、ある程度の距離を取って眺めるのが好きかもしれないです。
ぶれない観察者みたいに解説してくれるなって思います。
ありがとうございます。ずっと“ですます調”でいつづけるカップルって逆にちょっと色っぽいですし。
【東直子の句④】
水の中の足の指を観察する
お風呂ですか?
そうですね。お風呂に一緒に入っていても、なかなか足の指って見ないと思うんですけど。
ゆらゆらしてますよね。
そうなんです。水の中にある足の指って人間の体とは切り離されたおもしろい生き物みたいに見えて、ずっと飽きずに眺めてしまう。
ゆらめいてるから観察しようと思わないとちゃんと見えない。
足以外のところを見てないといううぶさも感じます。足の指って体の一番離れている部分なので。
そうですね。ちょっと照れくささもあってそこだけを見てるっていうのもあるかもしれません。
【東直子の句⑤】
知ってるって思う窓際
ふたりの間柄は誰にも知られてない状態。私は窓際にいて、相手の人は遠くでほかの人と話したり動いたりしている。私はその気配だけを感じて、でもほかの人が知らないことを知ってるって真顔で静かに思ってる。
みんなが知らないあの人のいろんなことを、私だけはいっぱい知ってる。
癖だったり体だったりいろんなことを。そんなことを思って、ふと笑みがこぼれてる場面です。
会社だとよりエッチですよね。仕事してるみたいな顔して裏では。
同じ同僚としてシレッとしているけど、この中で私だけ全部知ってるみたいな。
前に白武さんが、【鮮やかな何もなかったふり】っていう句を読んでましたよね。
あれ、素敵でしたね。それに似た感じのシチュエーションです。
同じ現場みたいになってきました。
【鮮やかな】は男の人から女性を見てて、こっちは女性のほうが知ってるけどなって。
外を見ているというのが不思議ですね。
窓際は外にもうひとつ世界があって、こっち側は閉ざされてる。ちょうど知ってる知らないの瀬戸際の感じが窓際なのかなと思って。
外を見ているということで、内側を強調している。
中と外。窓が効いているんですね。
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