水墨画の世界を舞台にした青春小説を原作にした映画『線は、僕を描く』が、10月21日に封切られる。そこで主演を務めたのが、『流浪の月』や『アキラとあきら』など話題作への出演がつづいている横浜流星だ。
ライターの相田冬二は、「役は、僕を描く。/この、平明な覚悟こそ、横浜流星という俳優を表している」と評する。俳優の奥底にある魅力に迫る連載「告白的男優論」の最終回となる第28回、横浜流星論をお届けする。
ボーダーラインの上に立つ横浜流星
珈琲のコース。というものをいただく機会があった。
まずは、ストレートな珈琲。こちらのお店は浅煎り。
つづいて、アイリッシュコーヒー。
そして、コーヒージントニック。
〆は、アフォガード。
すべて同じ豆を使っている。つまり、4つのメニューというより、4つの変幻だ。浅煎りのエレガンスに気づかせるストレートも、クリームとアイリッシュウイスキーを珈琲が取り持つアイリッシュコーヒーも、エスプレッソではなく濃く淹れた珈琲をバニラアイスにかけるアフォガードも、すべておいしかったが、とりわけ印象に残ったのが、コーヒージントニックだった。
薄手のスマートなグラスに、きれいな氷を入れ、ジンとトニックウォーターを注ぐ。その上に半分の量の珈琲をのせ、オレンジを添える。
珈琲はトニックウォーターより質量が軽いので、きれいな2層ができ上がる。
その狭間に、横浜流星は居る。
珈琲でもなく、トニックウォーターでもない、2層の中間地点。
珈琲であり、トニックウォーターでもある、琥珀のゾーン。
グラデーションとは、異なる。
その境い目は、確かに在る。
境界線は、存在する。
珈琲国と、トニック国の、ボーダーラインの上に、あくまでも中立の立場で立っている。
優しさと、厳しさと。
それぞれに耳を傾け、しかし、いずれにもなびかない。それが、彼にとって、互いを尊重することだから。
役は、僕を描く
最新主演作『線は、僕を描く』は、その概念的なタイトルが、横浜流星の本質を言い当てている。
僕は、線を描く。
のではなく。
線は、僕を描く。
また。
僕が、線を描く。
のでもなく。
線が、僕を描く。
のでもない。
このタイトルには、自分に主語を与えていない。そして、主語を強調してもいない。
「線」を「役」と言い換えてもいいだろう。
役は、僕を描く。
この、平明な覚悟こそ、横浜流星という俳優を表している。
役が、僕を描く。
となると、役によって生かされている、といった過剰な謙虚さが演出されてしまう。
そうではなく、「役」と「僕」は対等だが、「僕」は、「役」によって描かれる、と認識しているということだ。
つまり、これは、受動態に見えて、極めて能動的な考え方だ。
主語を「相手」に譲るという態度は、責任を取らないということではなく、責任を取る覚悟のことなのだ。
線は、僕を描く。
この、あらゆる演技に通底する真理と諦念を有しているとしか思えぬタイトルを踏まえて映画を見つめるなら、横浜流星が、水墨画を志す青年の心身を、どのようなテクスチャでかたちづくっているかを理解するだろう。
素直さ。
と。
哀しみ。
その国境線の狭間で、横浜流星は、人物の2層それぞれを尊重しながら、かき混ぜるような野蛮な振る舞いを抑止しつつ、大切に、慎重に、私たちに伝えてくれる。
横浜流星の表現は、琥珀に似ている
彼は半年のうちに3本もの映画を届けてくれた。
『流浪の月』では、暴力という強度と、崩落寸前の魂という弱度に、等価の価値を与え、いずれも蔑ろにしなかった。唾棄せずに、卑下せずに、抱き締めた。
それは、麝香(ムスク)が薫り立つほどの抱擁だった。
『アキラとあきら』では、耐える御曹司の震えをすくい取った。あくまでも硬質に。その様は、松脂(まつやに)のようだった。
松脂は、ヴァイオリンの弓に塗られる。なぜか。弓と弦の間で媒介となり、音を出しやすくするためだ。
擦り、擦られ、立ち現れる何か。
人間が孕む抽象を、具象として、表に出してあげること。それが、演技と呼ばれる行為である。
横浜流星の表現は、琥珀(アンバー)に似ている。
琥珀は存在として、麝香や松脂によく似ている。
そして、琥珀の色は夕暮れを想起させるが、横浜流星はそれを宵のほうに連れていく。
それは、マジックアワーの終わりであり、夜の始まりである。
2層の狭間で、私たちは集中する。
目を凝らし、耳を澄ませて、横浜流星の暗闇に、集中する。
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『線は、僕を描く』
2022年10月21日(金)全国東宝系にて公開
原作:砥上裕將『線は、僕を描く』(講談社文庫)
監督:小泉徳宏
脚本:片岡翔、小泉徳宏
主題歌:「くびったけ」yama produced by Vaundy(Sony Music Labels Inc.)
出演:横浜流星、清原果耶、細田佳央太、河合優実、矢島健一、夙川アトム、井上想良、富田靖子、江口洋介、三浦友和
(c)砥上裕將/講談社 (c)2022映画「線は、僕を描く」製作委員会関連リンク
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