バカリズムが紐解く“専門ものまね師”の歴史「生まれ変わっても同じ人のものまねをやりたい?」の答えににじむ切なる思い(てれびのスキマ)

てれびのスキマ

テレビっ子のライター“てれびのスキマ”が、昨日観た番組を記録する連載「きのうのテレビ」。2020年から毎日欠かさず更新中。


『私のバカせまい史』

誰も調べたことがないせまい歴史を調査・報告する番組の第2弾。板倉は「どろどろ昼ドラ愛憎グルメ史」を紹介。1964年から2016年に至るまで214作品が作られた昼ドラ。

そこに初めて愛憎グルメが登場したのが2002年の『真珠夫人』。あの有名な「たわしコロッケ」だ。「少しでもコロッケに似るようにたわしの毛を刈り込んだ」というスタッフの証言も入っているのがいい。

その2年後の2004年『牡丹と薔薇』で「牛革財布ステーキ」が登場すると、2006年の『偽りの花園』では「わらじカツレツ」「五寸釘パン」、2007年『麗わしき鬼』に「ケータイケーキ」とつづいていく。そのすべてを考案したのはもちろん脚本家の中島丈博。「嫌がらせ、復讐、愛をはかる、そのために作る料理。料理を作っている間に彼女の胸に去来する想い。あらゆる感情が絡まり合ってどうぞあなたって出すわけだから。愛憎半ばするから人間は苦しむんですよね」と語る。

ヒコロヒーの「スケキヨの足史」も、僕がそうだと思っていた定説を覆してくれてとても興味深かった。そしてバカリズムは「専門ものまね師史」。番組によれば、1973年に登場した五木ひろしを専門にものまねする三木ひろしが「専門ものまね師」の始まり。1981年にはプリティ長嶋、それ以降続々登場していく。

1993年には一木ひろしが登場し「大被り時代」に突入。たとえば、美川憲一は番組がコンタクトできたただけで4人の専門ものまね師が存在。「『そのまんま美川』は『美川憲二』と飲みに行ったことがあり、『魅川憲一郎』とはLINEでつながっている。『美川憲ちゃん』の舞台を『美川憲二』が観にきてくれ、“ダブル美川”でインタビューを受けたこともある」といったバカバカしい解説を淡々と話していくのが実にバカリズムらしい。

芸名も4種類に分類。吉幾三→あっち幾三、坂本冬美→坂本冬休みなどの「ダジャレ系」、小田和正→オフコース小田などの「代表作+名前系」、郷ひろみ→響ひろみ、イチロー→ニッチローなどの「一文字変える系」、清原和博→リトル清原、ミドル清原などの「サイズダウン系」という表がくだらなくて最高だし、「サイズダウンはあるのに、サイズアップ系がないのは本人への敬意が窺える」というバカリズムの指摘にも唸る。

専門ものまね師たちは「生まれ変わっても同じ人のものまねをやりたいですか?」という問いに71%が「やりたい」と答えたそう。一方で「やりたくない」と答えた中で多かった回答が「本人になりたい」。揺るぎない本人へのリスペクトや憧れが感じられる。

よくお笑い芸人とものまね芸人の生態や考え方の違いは話題に上げられるけど、ものまね芸人の中でも一般のものまね芸人と専門ものまね師とではかなり違うのではと思った。ちなみに先のアンケートへの小石田純一と小渡部の回答は「別の仕事に就きたい(笑)」。

『100カメ』

茨城、歌舞伎町、渋谷、北九州、石川の各美容室にカメラを設置。それぞれ特色のある店だったこともあり、客層から会話、髪型までまったく違うのが興味深かった。

そんななか、本番前の春日のヘアセットにもカメラが。まず全体的になでつけてオールバックに。クシの先端で一本道になるように分け目をつける。スプレーを大量に使って固める。「外ロケの場合は3倍」使うのだそう。その時間わずか3分23秒。

そのこだわりを春日「(分け目を)一本道にしたいから。一発で決められたときの収録はすごく調子がいい」。

【関連】最初に「武田鉄矢ものまね」をしたのは佐藤B作?『金八先生』第1期から“ものまね史”を振り返る


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    毎夜ライフワークとしてテレビを観つづけ、テレビに関する著書やコラムを多数執筆する、てれびのスキマによる連載。昨日観た番組とそこで得た気づき、今日観たい番組などを毎日更新で綴る、2021年のテレビ鑑賞記録。

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てれびのスキマ

1978年生まれ。ライター。テレビっ子。著書に『タモリ学』(イースト・プレス)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)、『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』(文藝春秋)など。