レオス・カラックスを映画の内外から支える
今年公開されたリドリー・スコットの『ハウス・オブ・グッチ』が、仁義なき陰惨ストーリーであるにもかかわらず、ひたすらカジュアルで軽快だったのは、アダムが物語の中核にいるからだった。
前半では、その無表情がシャイネスに映るほのかな温もりを宿し、後半では、この無表情が不動明王にも見える揺らぎなき超然としてなじませた。独自の陰影が施されているのがアダムの無表情である。人物の運命が流転しているから、無表情の様相が変化しているのではなく、私たちの映画を見る角度が変わったから、彼の無表情は違っているのだ。柔軟な無表情という、不気味といえば不気味、ファニーといえばファニーなありようこそ、アダム・ドライバーの独壇場。では、このオリジナルな無表情が何を物語っているか。そろそろ、真剣に考えるときが来たようだ。
スコセッシ、ギリアム、スパイク・リー、ソダーバーグにバームバック、ジャームッシュ、リドリー・スコット。すでに決定的な固有名詞群をモノにしてきたアダムだが、さらなる大物が彼を必要とすることとなった。
レオス・カラックスである。
かつて『ポンヌフの恋人』で、頓挫と再生を繰り返し、フランス映画史上最高額の製作費を投入、伝説と化した映画作家だ。実に9年ぶりとなる新作『アネット』もまた舞台裏は波瀾万丈だった。
本作には、プロデューサーのひとりとして、アダム・ドライバーの名がクレジットされている。どういうことなのかは、おおよそ察しがつくのではないだろうか。そう、アダムは映画の外でも【救世主】なのである。
アダム・ドライバーはゴールを割らせない
全篇、律儀なほどミュージカルを徹底し、むしろ脱ジャンル映画と化しているこの作品で、彼はスタンダップコメディアンを演じている。美貌の超人気オペラ歌手と結婚したことで、この主人公は奈落の底に落ちる。映画は、その地獄巡りを意外なかたちで見せていく。
言うまでもなく、映画のラストはアダムの無表情で締め括られる。しかし、彼の多様にして奥深い無表情と(この映画に限らず)付き合ってきた私たちは、その無表情から何かを掴み取ろうとするだろう。それが、映画の理解につながるという願いと祈りを込めながら。
しかし、アダム・ドライバーはけっして、演じる人物の胸の内を露呈することはない。これまでもそうだったし、ここでもそうだ。『アネット』ではこれまで以上に、守りが鉄壁。圧巻のゴールキーパーぶりを見せる。
過激な毒舌と暴力的なまでの挑発で聴衆を沸かせてきたピン芸人たる主人公。幸福の絶頂でスランプに陥った彼は、舞台上で自虐を繰り返せば繰り返すほどドツボにハマっていく。芸風を突き詰めているというのに、オーディエンスはひたすらブーイング。なんという不条理。大衆の、手のひら返しと無責任ぶりが横行する。
だが、アダムは一切、悲劇の様相をまとわない。なぜなら、鉄壁な無表情が、いわゆる被害者ヅラを封殺しているからである。人物の感情に接近しようとする映画観客の思い上がりを黙殺する様は、もはや清々しいほどだ。
ツンデレなんてまねはしない。擦り寄る者の振る舞いを頑として受けつけず、徹底して拒む。アダム・ドライバーは潔癖だ。
不安、葛藤、焦燥。私たちは、無表情の中からそれらを感じてはいる。だが、核心に迫るものは何ひとつない。
彼が、どうして、そうなったか。
主人公が地獄を彷徨えば彷徨うほど、私たちは彼のことがわからなくなるだろう。
しかし、だからこそ、見つめつづけるのだ。
仏頂面をキープしながら、最後の最後まで、アダムはゴールを割らせない。そのデッドヒート。
うっかりすると、これがミュージカルだったことを忘れるほど、彼の無表情には底がない。
ラストシーン。
レオス・カラックスはゴールを決めることができただろうか?
私たちはゴールを決めることができるだろうか?
アダム・ドライバーは、何も答えない。
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映画『アネット』(PG12)
2022年4月1日(金)ユーロスペースほか全国ロードショー
監督:レオス・カラックス
原案・音楽:スパークス
歌詞:ロン・メイル、ラッセル・メイル & LC
出演:アダム・ドライバー、マリオン・コティヤールほか
配給:ユーロスペース
(c)2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano関連リンク
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