【破壊者】と【保護者】の側面
豊川には、独特のセリフ運びがある。
その語りは、叙事的でもあるが、どこか【此処ではない何処か】に連れて行く危険な魅惑がある。ハーメルンの笛吹き男のごとく、私たちを【誘拐】する魔力が、彼の声にはある。
冷静沈着な客観性があると同時に、夢幻性があり、破壊的でさえある。そう、【此処ではない何処か】とは、現実の破壊でもある。
豊川悦司は、端正な佇まいで、何かを、破壊している。
近年、彼が醸し出す風情は、落ち着くどころか、より【ざわつかせる】深化を見せている。たとえば、三池崇史監督の『ラプラスの魔女』での、爽快なまでの暗黒のヒールっぷり。あるいは、半野善弘監督の『パラダイス・ネクスト』での、水もしたたる台湾のアウトサイダー。
それらは、めくるめくイメージの発露だ。
豊川悦司には、【破壊者】の側面と、【保護者】の側面がある。『ラプラスの魔女』は福士蒼汰(やはり長身!)のマッドな父親役だったし、『パラダイス・ネクスト』は文字どおり、妻夫木聡を保護していた。
【保護者】的な風情は、若いころからあった。彼の声には、佇まいには、本質的に【見護り】の効能が備わっている。
【保護者】的なポテンシャルが明瞭に立ち現れた一例に、木村大作監督の『春を背負って』がある。ここでは関西弁を口にしていることも大きい。豊川は大阪生まれの大阪育ちである(だからこそ、阪本順治監督との親和性も深い)。豊川の関西弁は、包まれるような安堵を派生する。
人間の卑小さを形にする
最新作『いとみち』では、主人公の父親を演じている。
青森県弘前市を舞台に、ひとりの女子高生がメイド喫茶でのアルバイトをきっかけに、封印していた津軽三味線との関係を復活させるまでを描く。
横浜聡子監督が紡ぎ出す芳醇な映画世界をここで詳らかにすることはできないが、豊川悦司の【映画的身体】の必然性をまざまざと体感させられる傑作であることは断言しなければなるまい。
妻に先立たれ、娘と義母との生活をこの地で継続している民俗学者にして大学教授。長年、津軽弁を研究しているものの、東京出身で、ある種の疎外感を(半ば積極的に)保っている父親を、風格と生活感を綯い交ぜにしながら、形作る豊川の姿を目撃するとき、私たちは、この俳優が【他者】を顕在化する達人でもあることを知る。
カジュアルな思いやり。よけいなことを言わない優しさ。娘にも義母にも土地にも亡き妻にも等しく注ぐ愛情。そんな、誰もが安心する肌触りをキープしつつ、豊川悦司は、あるとき、ありきたりの佳き父親像を、打ち破る。
ある意味、この映画の最大の見せ場でもあるシークエンスで、彼は、この父親の卑小さを形にする。
その、健やかな驚き。
人間の卑小さを形にする。それこそが役者なのではないか。
『ラストレター』の豊川悦司に出逢ったときもたらされた感激も、まさにそうだった。
型どおりの人間などいない。
だから、彼は、すべてを平然と肯定する。
【他者】を肯定する。
【ファンタジー】を肯定する。
沈黙の中の饒舌も、保護と共にある破壊も、すべてを肯定するためにある。
この俳優の表現を、リアルタイムで、味わえることに、誇りを感じている。
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映画『いとみち』
2021年6月18日(金)青森先行上映、6月25日(金)全国公開
監督・脚本:横浜聡子
原作:越谷オサム『いとみち』(新潮文庫刊)
音楽:渡邊琢磨
出演:駒井蓮、豊川悦司、黒川芽以、横田真悠、中島歩、古坂大魔王、宇野祥平、ジョナゴールド(りんご娘)、西川洋子
(c)2021『いとみち』製作委員会関連リンク
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