東京に三度目の緊急事態宣言が発令され一度は延期となった映画『くれなずめ』が、2021年5月12日から公開されている。松居大悟監督&脚本による本作で主演を務めているのが、成田凌だ。
ライターの相田冬二は、「成田凌が、現代に渇望されているのには理由がある」という。俳優の奥底にある魅力に迫る連載「告白的男優論」の第2回、成田凌論をお届けする。
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淡いフレンドシップ
成田凌が、現代に渇望されているのには理由がある。
硬軟どちらもいける変幻自在で柔軟性の高い演じ手だ。映画でもドラマでも、同性愛者を体現してきた実績は、彼の価値を表象している。成田凌が演じれば、ジェンダーの問題も、ごく身近に感じられる。フレンドリーなニュアンスをたたえた、嫌味のない低姿勢の演技アプローチが、現代とフィットしていることは見逃すべきではないだろう。
フレンドシップ。これは、成田凌を読み解くための有効なキーワードではないだろうか。
悪どい役も、俺様な役も、卑屈な役も、成田凌が表現すると、型どおりのものにはならない。紋切型がゆるやかにスライドし、私たちは無意識のうちに、その人物にフレンドシップを感じている。いや、友愛とまではいかないにしろ、ああ、同じクラスにひとりいたな、こういうヤツ、という雑感が生まれる。淡いフレンドシップ。これが、成田凌というチャームを司る、憎めなさの根本にあるものだと思う。
綾野剛と共演した近作『ホムンクルス』のクレイジーな青年医師が抱えていた闇は、語弊があるかもしれないが、なかなかにかわいかった。かわいい闇。そんな、本来あってはいけないものも、成田凌というフィルターを通過すると実在してしまう。そして、自然に受け取れる。ここも重要な点だ。
成田凌の表現は、鋭さに向かわない。前述したとおり、悪いキャラクターでも、だ。どこか、柔らかい。人間同士な感じがする。これが、成田凌ならではの、淡いフレンドシップと考える。
サバービアの憂鬱
なぜ、鋭い極に向かわないか。
断定調の表現には説得力がある。すなわち、わかりやすい。多くの観客は断定を求めている、とも言える。このキャラクターはこういう人物である、という断定は、メリハリの効いた演技を用意する。メリハリの効いた演技は観客への浸透性も高いし、何よりも、作品に貢献する。対立軸、つまり物語内における人物相関図をデジタルに明示する。こうしたわかりやすさは、快適さを生む。あれこれ考える必要がないので観客は楽でいられる。
しかし、成田凌は、断定調の演技=鋭い極には向かわない。人物を図式の中に当てはめることをしない。だから、ふくよかで豊かな表現が生まれる。
『窮鼠はチーズの夢を見る』の彼は、一途な純愛を生きながら、同時に打算的でもあり、しかし、己が向かうべき到達点が見えていない(設定できていない)脆さ、もどかしさがあった。
一面的な人間はいない。が、多くの映画で、人は一面的に表現されている。鋭い極に向かっている。時間の問題はある。2時間やそこらで、人間の多面性を伝えることは難しい。だが、本当にそうだろうか。優れた演技者は、尺の問題を乗り越えて、限られた分数の中から、豊穣な人物表現を掴み取っている。
では、成田凌は、どのようにしているか。
人間の根底に、怯えと震えを潜ませる。それは大仰なものではない。微かな怯えと微かな震えである。
まったく怯えずに、まったく震えずに、生きている者は、この世にはひとりもいない。成田凌は、人間の普遍を忍ばせながら演じている。
だから、いくつもの矛盾するファクターが絡み合った『窮鼠はチーズの夢を見る』の同性愛者も、実にチャーミングに銀幕に顕すことができたのだ。
成田凌には、門脇麦との共演作が3本ある。『ここは退屈迎えに来て』『チワワちゃん』『さよならくちびる』(わずか7カ月のうちに立てつづけに公開された)。いずれも必見であり、成田凌の演技の真髄がよりよく体感できる。
とりわけ、『ここは退屈迎えに来て』は、成田凌ならではの怯えと震えの真骨頂であろう。時制と人物関係が入り乱れるやや複雑な群像青春劇だが、成田凌はここで、異性同性問わず、誰からも憧れられた高校生を演じている。キラキラの王子様に見えて、実は地方都市、あるいは郊外特有の悲哀が、無造作に張りついており、やるせない風情が(まだ10代なのに。しかもモテ男なのに)漂っていた。そして、それは、紛れもなく人間の真実なのだということが体感できた。
サバービアの憂鬱。
今、成田凌ほど、このテクスチャを表現できる存在はいない。
そう、どんなに多くの人に愛されていても、人間は憂鬱とは無縁ではない。『ここは退屈迎えに来て』の成田凌は、語られにくい真実の核心を突いている。
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