弟がひきこもり当事者だった
岩井 何かのきっかけがあって、池上さんは今のお仕事をされているんですか?
池上 僕自身、小学校時代は場面緘黙症(ばめんかんもくしょう:ある特定の場面・状況でだけ話せなくなってしまう症状のこと)だったんです。
岩井 そうだったんですか。
池上 24年前からこの問題に関わっているんですけど、当時は「ひきこもり」という言葉もない時代でした。
岩井 「不登校」はありました?
池上 不登校、登校拒否という言葉すらなかったので、いろんな不安で子供が学校に行けなくて親はその不安をわかっていても「勉強はしなければいけないでしょ」「そうじゃないと社会に適応できないでしょ」みたいな理屈で行かせようとしました。
今だったら僕もたぶん学校には行ってなかったと思うんですけど、当時は行くことが当たり前だったので、学校に通ってはいたんです。で、学校の中でずっと自分を閉ざして、誰とも口をきかなかった。そういう経験がベースにあります。
取材しながら聞く話がみんな自分の中に入ってきました。かつての自分のように苦しんでいる人の話は、商業メディアの世界では「何それ?」という反応で企画になりにくかったのですが、私の中には放っておけないという気持ちがあった。次第に、仕事として伝えつづけることが自分の役割なのかなと思うようになりました。「伝える」という自分の立場を超えて、放ってもおかないという気持ちが強くなっていったんです。
岩井 そこがすごいですね。
池上 いろいろお節介をしたことによって、今度は社会側のリアクションに問題があるということがわかってしまった。
当事者たちが自分のこの状態をなんとかしてほしいと動き出しても、社会は「ひきこもりなんて存在しない」となかったことにされてしまう。否定的なリアクションしか存在しない。これは未だにつづいている話ですけど、相談も支援もたらい回し状態でまったく機能していなかったという現実があぶり出されました。
その現実を私が伝えることで、ひきこもりは当事者個人の問題だけではなく、社会の側の問題であることも提起してきました。人に対する思いやりや想像力、理解があまりに足りないんじゃないかと。
岩井 今のお仕事をされていることに、ご両親の影響は感じますか?
池上 感じますね。うちは典型的な高度経済成長期の大企業の管理職でして。よくある話ですけど、親は私には学校の先生になってほしかったようです。岩井さんの話を聞いていると共通する点がたくさん出てきます。
岩井 親からの期待は高かった。
池上 そうですね。
岩井 ご兄弟はいらっしゃっいますか?
池上 弟がいて、弟は当事者だったんですね。働きに出たんですけど、長つづきしなくて、働いては辞めてを繰り返して、最後はひきこもっちゃうみたいな。うちは両親が亡くなってから、ずっと同居してた弟だけが取り残されていて、弟は実は亡くなってしまったんですけど、本当に孤立死みたいなかたちでした。
私の家族と同じようなケースはいろんなところで起きていて、つまり、いかに親が元気なときに理解者が家族とつながりを作って支援していくか、ということが大事なんです。本人が、ちゃんと親が亡くなったあとのことも把握した上で、ひとりで生きていくための対策を考えないと本当に生きていけなくなる。そういうことを伝えています。
岩井 池上さん自身が、今世の中で起きてることを体験していらっしゃるんですね。やっぱりジャーナリストという言葉とは何か違いますね。もちろん、ジャーナリストでもいらっしゃるんですけど、放っておいたらどうなるかということが、想像じゃなくて実際に体験してきたものである。
池上 読者からのメールを見ていて、やばそうだなと思った人を選んですぐ返事するようにしています。孤立して親ともまったく話ができなくて、親が寝静まったころに下りていってひとりで食事をしている方やお金の不安を感じている方。できることは限られているんですが、せめて情報提供や、同じ境遇の人たちとのコミュニティへつなげる「触媒」役みたいなことができればいいなと思っています。
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