オナニーマシーン・イノマー「命を使い切って死んだ」最期の生き様を映したドキュメント(てれびのスキマ)


昨日観た番組とそこで得た気づき、今日観たい番組などを毎日更新で綴る、てれびのスキマによる2021年のテレビ鑑賞記録。


『家、ついて行ってイイですか?』4時間半SP

すごいものを観た……。オナニーマシーン・イノマーのドキュメント。泣いた。だけど、泣いたと書くのはあまりに軽過ぎる。

もともと、番組スタッフが下北沢で終電を逃した人を探していたところ、イノマーのパートナー・ヒロさんと遭遇したことが始まりだった。なんとその日は彼の葬儀が行われた日。死後4日の2019年12月23日のことだった。スタッフが「こんな状況でアレなんですけど、家、ついて行ってイイですか?」と取材を申し込むと「どうでしょうね……」と一瞬躊躇しながらも「故人もこの番組すごい好きで」と、彼女は引き受けた。取材ディレクターはこの時点ではオナニーマシーンの存在も知らない。ヒロさんが「本当に命を使い切って死んでいった」と、彼の最期の生き様を語る姿は胸を締めつけられた。これが初めて放送されたのは昨年3月18日。

この取材から約1年後、1周忌の法要と納骨にカメラが同行。彼らのライブにも行っていた副住職がつけた戒名は「性春昌幸信士」。この1周忌の会の参加者の中にチラチラと映っていたのが『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の上出遼平だ。実はイノマーとバンドマンとして親交があり(「タンポンズ」という彼のバンドの名前もイノマーによる命名)、闘病生活に密着していた。そのドキュメントがこの番組で放送されたのだ。この撮影のことは書籍版『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の「さいごに」でも綴られていたので知っていたが、その映像がまさかこういうかたちで観ることができるとは思いもよらなかった。

撮影は2019年2月から始まっている。都内のカフェに手術後5カ月のイノマーの姿があった。カメラを構える上出の姿を「AV監督みたいだな、それ」と、イノマーは舌を3分の2摘出されているため聞き取りにくい言葉で言って笑った。

彼に会いに行く僕の足取りは、最後まで重いままだった。撮影を始めた当初、彼はカメラを向けられることに戸惑っていた。普段はピシッと決めてステージに立っている男が、舌を摘出された口から涎を垂らし、息も絶え絶えに蹲るところを撮られるのだ。気持ちのいいことなんてひとつもない。僕はずっと逃げ出したかった。その撮影は辛すぎた

『ハイパーハードボイルドグルメリポート』上出遼平/朝日新聞出版

それでも撮らなければならないという思いがあったのだろう。おそらく放送される見込みもなかったにもかかわらず。

この日、イノマーは8カ月後の10月22日に行う豊洲でのライブの打ち合わせをしていた。だが、7月、癌は転移し再発。入院することになった。豊洲ライブまであと23日と迫った9月30日。杖をつきながらあるライブを訪れたイノマー。それを峯田和伸が「来たんだぁ」とうれしそうに出迎える。「お猿さんみたいになっちゃった」と抗がん剤の副作用でパンパンになった顔を自嘲するイノマーに、「前よりかわいいよ」と笑う峯田。このライブは盟友である峯田が中心となりイノマーの癌の治療費を集めるイベント。そこには峯田の昔ながらのファンである空気階段・鈴木もぐらも参加していた。

そしてライブ当日。会場には3000人の観客が集まった。「目が見えない。視野が5メートルくらいしかない」ので、杖で立っているのもやっとという満身創痍の状態で会場に向かうイノマー。移動中も下を向いて唸っている。そんな状況でも常に明るく振る舞うヒロさん。「苦しいですか?」と上出が問いかけると、うなずきながらピースをして微笑むイノマー。

そんな状態でも、銀杏BOYZのライブが始まると「これ袖で観れるの?」と言って、立ち上がり舞台袖まで行くイノマー。ガガガSP、氣志團、サンボマスターら彼を慕うバンドマンたちがライブを盛り上げ、ついにオナニーマシーンの番になる。控室えでイノマーはすでに憔悴し切り横になっている。だが、大きな「イノマー」コールに迎えられ車椅子でステージに上がるイノマー。そしてゆっくりと立ち上がり、笑顔で両手を掲げる。

「ごめんね、まだ生きてます」

そして「舌ないけど歌います」と言ってベースをかき鳴らし「ポコチンが泣いてる オマンコも泣いてる♪」と力強く歌うのだ。

「笑って、笑って、笑ってよ。いいじゃん、こんなの笑っても、もう。余命なんて俺が決めることなんだから!」

アンコールのコールには四つん這いになりながら「聞こえない! もっとできる!」と会場を鼓舞しつづける。本当にすごいライブの映像だった。しかしライブ後は返事もできないほどぐったりとしていた。

そのライブの1カ月後、意識不明の危篤状態に。「場合によっては今晩……」と医師からの宣告。しかし、奇跡が起こる。峯田がお見舞いに駆けつけて呼びかけると、身体が反応し、峯田に抱きついたのだ。すると翌日、意識が戻る。そして“親友”の江頭2:50もお見舞いに。一時はしゃべることができなかったが、その訪問に体を起こすイノマー。「こんなのに負けてられっかよ。がんばれよ。がんばれって言葉、一番嫌いだと思うけど」と江頭が語りかけると、「がんばる」と返すイノマー。

11月27日の誕生日には彼の望みが叶い、退院し自宅に。だが5日後、再び入院。痛みの中「ヒロちゃん、ヒロちゃん」とパートナーに呼びかけるイノマー。そして12月19日、息を引き取った。その瞬間までカメラは克明にその生き様を映しつづけた。

彼は癌に殺されたのではなく、自ら死んだ。それは自死を選んだというわけではない。彼は生きたかった。生きたくて生きたくて仕方なかったけれど、それが無理だと悟った時、その死を自分で掴んだ。その場にいた誰もがそう感じた。死を掴み取ったその姿は、涙が出るほど美しかった。だから皆、涙を流したのだ

前掲書

豊洲ライブの帰りの車中で上出は「変なこと聞いていいですか?」と前置きした上で、「今のところの人生、どうですか?」と尋ねていた。イノマーはそれに「楽しい……。楽しかったよ。楽し過ぎるのもよくないな」と微笑んだ。

パートナーのヒロさんが言うように「命を使い切って死んだ」という言葉にふさわしい最期だった。本当に、本当にすごいものを観せてもらった。

その臨終の場にいたひとりが時計を見て呟いた。

「2:50だ……」
ドッと笑いが漏れる。イノマーは親友の名と同じ時間に亡くなったのだ。
「最後まで芸人だよね。最後の最後まで笑わせていったね」「最高だわ」

今日観たい番組:『知ってるワイフ』『江戸モアゼル』冬ドラマがスタート

『有吉クイズ』(テレ朝)、第4弾。

『千鳥のクセがスゴいネタGP』(フジ)。相葉雅紀&ダンディ坂野、大倉忠義、蛙亭、河合郁人、きつね、佐久間一行、とろサーモン、ニューヨーク、濱田崇裕&コウメ太夫、マヂカルラブリーら。

大倉忠義×広瀬アリス『知ってるワイフ』(フジ)、岡田結実主演『江戸モアゼル』(日テレ)開始。

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  • 【連載】きのうのテレビ(てれびのスキマ)

    毎夜ライフワークとしてテレビを観つづけ、テレビに関する著書やコラムを多数執筆する、てれびのスキマによる連載。昨日観た番組とそこで得た気づき、今日観たい番組などを毎日更新で綴る、2020年のテレビ鑑賞記録。

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てれびのスキマ

1978年生まれ。ライター。テレビっ子。著書に『タモリ学』(イースト・プレス)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)、『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』(文藝春秋)など。

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