過酷な環境下で生きる人々に密着し、食事を共にするテレビ番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(テレビ東京)。そんな番組を手がける上出遼平が取材の持ち物にまつわるエピソードを語る本連載第3回は、死の淵をのぞく経験をしたことで寒冷地ロケに欠かすことがなくなったスノーブーツについて。
第3話 靴の巻 その2
前回はロケに穿いていく一軍の靴を紹介した。
だけど、本当にあなたに知ってもらいたいのは、寒冷地ロケのマストアイテム、SOREL(ソレル)の「CARIBOU(カリブー)」だ。
ネットで「スノーブーツ」と叩いてみれば、まず表示されるのがこの「CARIBOU」だろう。カナダ発のバカにかさばるこのブーツが、日本では寒冷地向けブーツの代名詞とされている。もちろん日本で何かが「代名詞」としてもてはやされているときこそ疑ってかからねばならず、裏で大きな企業の強大な梃子(てこ)が差し込まれていることが往往にしてあるわけだが、こいつに関してはそうじゃない。メーカーの本国カナダだけでなく、アラスカ、ロシア、アイスランドなど1年の半分は寒さと戦っているような(言い過ぎだが)土地の人々がそろいもそろってこのブーツを穿いているのをこの目で見た。使い古されて革がクタクタになった「CARIBOU」が暖炉の隣で乾かされている様は、その信頼性の高さを如実に物語っていた。
けれど、僕が高価なこのブーツを買った理由はそれだけじゃない。
極端な寒冷地に行く機会なんて年に一度もないのだから、もう少し廉価なものを選んでもいいはずだった。類似商品はいくらでもある。それでも金に糸目をつけず(とはいえセールを狙って買った)、オーバースペックとも言えるブーツを買ったのは、大学生時分に死の淵をのぞいた経験があったからだ。
物言わぬ3人、夢の氷上ワカサギ釣り
今から10年と少し前の3月。
大学2年生の僕はレンタカーを北へ北へと走らせていた。
運転する僕を含め、窮屈な車内に3人の男がてんでバラバラな方角を向いて座っている。東京から目指すは岩手県。全員乗り込みいざ出発というときにさえ誰ひとり口をきかず、7時間を超えるドライブが沈黙と共に完遂されることを3人共が受け入れていた。
僕たちはゼミのフルメンバーである。
多くのゼミが50人前後で編成されるなか、僕たちはたった3人。
犯罪学を研究テーマとしたこのゼミは、若手の教授によって立ち上げられたばかりで僕たちが第1期生だった。多くの学生は「単位の取りやすさ」や「就活における優位性」などを軸とする口コミを参考にゼミを選ぶ。当然、過去の実績がないゼミに入ろうとする者は少ない。
だから、物言わぬ3人が集ったことは必然とも言えた。
リーダー格の男の呼び名は幹事長。
防衛大を中退してこちらの大学に編入した変わり者で、年齢も僕よりいくらか上だった。毎日夜明け前に10km以上を走り切り、授業を終えたらいそいそとバイトへ出かけていくストイック・ガイ(マッチョ)で、将来は政治家になろうと目論んでいた。しかしながら無口である。
もうひとりはT君。
色が白く、体が細く、目つきが鋭く、いかにも太陽を憎んでいそうな見た目をしている。ところがどっこいアクティブな趣味の持ち主で、日本全国の缶コーヒーの缶を集めているのだ。T君曰く、地方には地方の固有種とでも言うべき缶コーヒーがあるらしく、それに出会えたときの喜びは何ものにも代え難いのだとか。言わずもがな、無口である。
そして僕。
授業では嬉々として最前列を陣取りカリカリとノートを書きつける。試験前には僕のノートが参考資料として怠惰な学生たちの手に渡るのだが、持ち前の字の汚さに苦情が殺到するのが通例だった。友人はいないので昼休みが何より苦しく、母の作ってくれた弁当をひとり階段で食べていた。無論、マザコンである。
大学生的ヒエラルキーから可能な限り遠ざかろうとする僕たちが、この大学の“隙間”のようなゼミに集まったのは、だからして当たり前だったのだ。
あまり知られていないことだが、こういったクラスタの人間にありがちな特性がある。端的に言って、向こう見ずなのだ。「無茶である」という事実そのものが興奮を掻き立てる。そうでなければレンタカーで東京から岩手へ行こうなどとは言い出すまい。それも無口な3人で。
表向きの目的は、岩手県の少年院や刑務所を訪問することだった。犯罪学を研究する僕たちは、それまでも日本各地の刑事施設や薬物自立支援施設を訪ねては、日本の犯罪を減らすために実効的な施策とはなんなのだろうかと学生なりにない頭をひねってきた。
けれど今回、僕たちの頭は犯罪のことじゃなく、ワカサギのことでいっぱいだった。そう、刑務所訪問に先立って、ワカサギ釣りの聖地・岩手県岩洞湖(がんどうこ)で“氷上ワカサギ釣り”を行うことになっていたのだ。
この旅程は意外にも満場一致で採択された。
事前の打ち合わせで、どのような順序で刑事施設を回るか決めたあと、僕は「せっかく東北まで行くのだから」と氷上ワカサギ釣りを提案した。僕はその、“氷の上にテントを張って開けた穴から釣り糸をたらせば極上の天ぷらダネが上がってくる”というアクティビティに並々ならぬロマンを感じており、いつかはやってみたいと強く思っていたのだ。
しかしながら、ゼミのメンバーは塾講師をしながら政治家を目指すクソがつくほどまじめな筋肉男と、缶コーヒー収集ヒョロ男である。一笑に付されて却下されるかと思いきや、ふたりがふたり共「それはぜひともやってみたい」と目を輝かせたのだ。これもきっと、学生たちのメインストリームから離脱した男が備える独特のロマンチシズムだったのだろう。
釣り道具一式は湖畔のレストハウスでレンタルできるとわかり、我々はそれぞれに最大限の防寒策を講じて、深夜の東京を発ったのだった。
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