2020年を象徴するBAD HOP横浜アリーナ無観客配信ライヴ
筆者が以前から追いかけていたラップミュージックに関して言うと、まず“新しい価値観”を感じたのはBAD HOPのライヴだ(*2)。
この、メンバーの多くが95年生まれでジェネレーションZに当たるラップグループは、3月1日に収容人数=17000人の横浜アリーナで単独公演を開催するはずだった。しかし前週の2月26日に日本政府が大規模イベントの自粛を求めたことを受けて、観客を入れずにライヴを行い、映像をリアルタイムで配信することを決断。その結果、彼らは1億円以上の負債を背負うことになったというが、すぐさま「借金1億円の無観客配信ライヴ!」と、ある意味でキャッチーなコピーの下にクラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げ、結果的に7800万円以上の支援金を集めるに至った。
さすが、さまざまな苦境を乗り越えてきただけはあるたくましさを感じたが、今回、堀江貴文や前澤友作がバックアップしたのは、そこに現代の『成りあがり』(矢沢永吉)を思わせる普遍的なストーリーと、新しいビジネスの可能性を感じたからかもしれない。配信の冒頭、メンバーのBenjazzyが「横浜アリーナ!」と叫んだ瞬間、カメラが切り替わって観客がひとりもいない広大なフロアが映し出されるという、2020年を象徴するような映像。メンバーのT-Pablowが曲間に話した「レイシズムに向かう人間もいるけれど、架空の敵を作っているようでは問題は解決しない」という、ユヴァル・ノア・ハラリにも先駆けたようなメッセージ。
“新しい生活様式”にはライヴハウスもクラブも含まれていない
それらは確かにポストコロナにおける新しいエンタテインメントの萌芽だった。4月24日から26日にかけては、現在のアメリカのラップミュージックを代表するアーティストのひとりであるトラヴィス・スコットが、オンラインゲーム『フォートナイト』でイベント「アストロノミカル」を開催、累計参加者は2700万人を超えたという(*3)。
ゴジラのように巨大なラッパーが会場を闊歩したり海に飛び込んだり、空から宇宙へと飛び回ったりする場面に世界中のプレイヤーと居合わせているような臨場感は、ライヴイベントやフェスティヴァルの中止がいつまでつづくかわからないなかで、ひょっとしてこれがスタンダードになっていくのではないかと夢想させるのにじゅうぶんなクオリティだった。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」(2020年4月30日)にZoomを通して出演した際、「アストロノミカル」について話したところ、司会の宇多丸は「じゃあ、RHYMESTERは『あつまれ どうぶつの森』の中でライヴをやろうかな」と言っていたが、今年の頭に47都道府県を巡るツアーを終えた彼らの次の舞台は、オンラインゲームの空間になるのかもしれない。
一方で、“現実”の空間であるライヴハウスやナイトクラブは行政による支援の見通しが立たないなか、やはりクラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げ、しかし当初の熱気は、その数が次第に増えるにつれてパイの奪い合いの様相を呈していった。もしくは5月、営業を再開したソウルのナイトクラブから大規模な感染が起こった事件は、日本の少し先の未来を見せられているようでぞっとした。今、日本政府も経済活動を再開させようと焦っているように見えるが、彼らは緊急事態宣言解除後もライヴイベントへ行くことを控えるようにと言う。“新しい生活様式”とやらにはライヴハウスもクラブも含まれていないのだ。確かに文化は時代と共に形を変えていくだろう。しかしその過程で失ってしまうもののことを考えると、無邪気に未来を夢想している場合ではないとも思ってしまう。
(*2)https://www.youtube.com/watch?v=XzRc6jFJoP8
(*3)https://www.youtube.com/watch?v=wYeFAlVC8qU
「うちで踊ろう」と「うちで暴れな」
コロナ禍が進むごとに明らかになっていったのは、この現象の、社会を刷新するどころかむしろこれまでの問題を悪化させていくという側面だ。ロンドンやニューヨークでエスニックマイノリティにCOVID-19の患者が多い要因のひとつには、キーワーカー/エッセンシャルワーカーとしてリスクが高い環境で働かざるを得ない人が多いことが挙げられる。日本でもコロナ禍によって富裕層の資産はほとんど影響を受けていないが、次々と小さな店が潰れ、非正規労働者が首を切られていく。SARS-CoV-2がリムーヴするのは上の世代というよりも、下の階層である。「ステイホーム」の日本版として「家にいよう」という呼びかけがされるなか、連動するように始まった星野源の「#うちで踊ろう」 (*4) チャレンジに対する、田島ハルコのアンサーソング「うちで暴れな」(*5)も、フックで「ずっと家にいれる仕事 いまやfuckin’特権?/let me hear you say「fuckin’ stay 家」」 (作詞:田島ハルコ) とはっきりラップしているように、コロナ禍が世代間闘争ではなく格差間闘争であることに着目した曲だと言えるだろう。
ただし星野は自身のラジオ番組で「うちで踊ろう」はむしろ「ステイホーム」に対するアンサーであると、キーワーカー/エッセンシャルワーカーの立場も踏まえていると、説明していた。“家(うち)”に居られなくとも、心の“内(うち)”で“踊ろう”という意味を込めて、タイトルに平仮名の“うち”を使ったわけで、その点では田島のアンサーは勇み足かもしれない。たとえば休園/休校中の子どもの世話を同時に行わなければいけない人にとって、リモートワークが特権などではまったくないことも、筆者は身をもって知っている。ただ問題は、「うちで踊ろう」のメッセージは「ばらばら」の“うち”と“うち”をつないでくれるが、その連帯の“外”にある政治へ向かっていかないことだ。もしくは“家”か“内”か、どうとでも取れる曖昧さは、多様性を受け入れる優しさだとも言えるが、政治に利用される隙だとも言える(*6)。またそれは日本の文化において主流を成している表現でもあって、田島の“外”へと食いかかるメッセージは再生回数からすれば些細でも、この国ではとても貴重なものだ。
コロナ禍の日本に生まれた希望のアンセム
Moment Joonの「Diamond(令和フリースタイル2)Demo」(*7)は、コロナ禍でまるでモッシュピットのような満員電車に乗らざるを得ない、しかし互いに目を合わせることはない人々を歌っているという点で、「うちで踊ろう」と近いコンセプトだと言えるかもしれない。他方、「Diamond」の場合はその“内”の“外”にある政治をしっかりと描くことで、彼らの感情の輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。作者=Moment Joonが3月13日に発表したアルバム『Passport & Garcon』(*8)は、2020年の日本のラップミュージックを代表するアルバムになるだろう。それはまず音楽として素晴らしいからであるが、この時代のこの国の問題を見事に捉えているからでもある。しかし本格的にコロナ禍に突入したことで、同作の発表を記念したライヴイベントは延期を繰り返すことになってしまった。
そしてMoment Joonに会ったときに彼が心配していたのは、コロナ禍がもたらす変化によって、『Passport & Garcon』で歌った内容が古くなってしまうのではないかということだった。筆者は前述したようにこの現象は社会が抱えてきた問題を悪化させてしまうのだから、むしろアルバムのメッセージは強化されるだろうと答えた。しかし彼はすぐさま、コロナ禍の日本を歌った「Diamond」をレコーディングした。ラッパーは普遍的な表現を目指しながら、即時的な表現にこだわるアーティストだ。アウトキャスト「エレヴェーターズ(ミー&ユー)」という曲のインストゥルメンタルに乗せた同曲は、怒る回路を奪われた奴隷のような我々=市民の姿を残酷なくらい詳細にラップしながら、それでも“Diamond”だと讃える、コロナ禍アンセムだ。「Diamond 黙々と輝く ダイアモンドと読むために人間と書く/君はDiamond 一人一人みんな Diamonds 家畜じゃない 僕ら日本のLions/Diamonds 社長と総理大臣に何を言われたって君の代わりは居ないもん/Diamonds キラキラ偽物 Diamond 俺にとっては君が日本のDiamond」(「Diamond(令和フリースタイル2)Demo」作詞/作曲=Moment Joon)
この状況において、このような歌が生まれてきたことを何よりも希望だと感じる。
(*4)https://www.youtube.com/watch?v=b4DeMn_TtF4
(*5)https://www.youtube.com/watch?v=kYBzxVRew_I
(*6)https://twitter.com/abeshinzo/status/1249127951154712576
(*7)https://www.youtube.com/watch?v=_GUtDJNjH1Q
(*8)
https://www.youtube.com/watch?v=qeaqGzje8pQ&list=OLAK5uy_n3KNHdQuD28f4VDyHoqZvNEkg3QwEeXWk
■磯部 涼「音楽のなる場所」第2回は2020年6月下旬配信予定